寄付ラボ 第 79 回インタビュー

掲載日:2018 年 11月 30日  

寄付ラボファイナル、第 9 回目は 元女子マラソン選手でアトランタとバルセロナオリンピックのメダリスト、有森裕子さんです。
有森裕子さんは、紛争国でのスポーツ教育や障がい者スポーツの振興に長年取り組んでこられた他、国連人口基金の親善大使など様々な「支援の現場」に関わってこられました。
インタビューでは、活動を通して感じておられる「寄付を呼びかける側の姿勢」について語ってくださいました。

問題解決を呼びかける寄付になっているか?

このページのコンテンツはインタビュー記事です。

活動の様子 認定 NPO 法人 HEARTS of GOLD 提供

■寄付への考え方について教えてください。

 高額の寄付をした人が新聞に載っていることがよくありますが、私は寄付額の多い、少ないにあまり重きを置いていません。寄付額の多少で価値をつけるものでは全くないと思うんです。例えば寄付をしたことを新聞に載せることで周りに寄付を促す効果もあると言われていますが、財布に 50 円しかない人に 300 円の寄付を促すことはできません。
 自分の足元が整っていない中では無理をする必要がないと思っています。もちろんこれについては、いろんな考え方があると思います。しんどい中でも助け合うことが大事と思う人もいるでしょう。ただ、私はまず最大限、自分自身がそれぞれの生き方に責任を持って向き合うことができて初めて、他人(ひと)のことができるのだと思っています。それは寄付行為もそうだと思いますし、ボランティアもそう、というのが持論です。
 例えば多額の寄付をされる方の中には、「自分の希望通りに寄付を使ってほしい」とおっしゃる方もいらっしゃいます。反対に、「団体が必要と思う使い方でかまわない。」とおっしゃってくださる方もいます。受け取るときに双方しっかり話し合うことが大切です。



■では、寄付をすることが「自己満足のため」になってしまうことについては、どのように感じていますか?

それはそれで win-win ですよね。寄付をする人が自己満足のためでも、その先に命が助かったり幸せになったりする人がいることのほうが大切です。活動は、寄付する人の気持ちを満たすためにやっているのではなく、問題を解決するために行っていますので。
 活動の目標は自分の団体がなくなることですよね。このことをどれほどの団体が本気で思っているかというと、残念ながらほとんどいないのではないでしょうか。自分たちの活動がいかに長く続き、価値として思われ続けるかということに、知らず知らず意識がいってしまいます。問題がなくなると思うこと自体がもちろん無謀で、夢物語なのだと思いますが、それでも私は問題解決のための活動を、相手が自立して、こちらが必要なくなることが大事だと願っています。



■NPO や慈善団体は、どこを目指して活動しているのだろうとすごく気になりますね。

今、私が理事長を務めているスペシャルオリンピックス日本*注 1は、知的障害のある人たちにスポーツを通じて彼らの自立と社会参加を応援しています。東京オリンピックに向けて、障害があろうがなかろうが、ともにスポーツを通して存在を認め合う風潮は来ているような気がします。それでも 2020 年が終わったらこの流れはどうなるのかなという不安はまだまだぬぐいきれません。
 活動をしている団体は、なぜ自分たちが活動しなければいけないのか、組織のスタンスの見直しをした方がいいのではないでしょうか。長く続いていること、規模がかくだいしていることも大事なのですが、長く続いた理由は、いまだ解決できていないものがあるから、未だ打ち出せていないものがあるからです。世界中に問題があること、それが解決できずに長く続いていることをやっぱり残念に思わなければ、と、素人ながら思っています。



■寄付を呼び掛ける側(組織)の姿勢が重要ということでしょうか。

寄付を受け取る側がまずは自分たちの活動をしっかりと見直す、さらに本当にその活動で課題が解決されるのか、そして、課題解決を呼びかける寄付になっているかを見直すことはすごく大事だと思っています。
 ハート・オブ・ゴールド*注 2 の活動は今、体育指導者・専門家の育成という最終段階にきています。一般の人々の参加型で取組める活動内容ではありませんが、後方支援できることはたくさんあります。例えば、親子ランの取組をしています。この活動の参加費がカンボジアの学校の鉄棒になっていきます。これは寄付金を多く集めるのが目的ではなく、被災地や紛争地の人々の問題を子ども達に知ってもらうこと、自分たちの応援が現地で確実に役に立ったということを知ってもらうことが、大切だと思ってやっています。活動の主軸が人材育成なので、成果を見せづらいところですが、紛争をしていた国が立ち直り、成長していく中で、人々の可能性も育っていくのだという希望を見せていきたいのです。
 また、スペシャルオリンピックスについては、「知的障がいを持って生まれてきたことによって、彼らの存在や彼らが持っている可能性を育むチャンスが奪われている」という問題に取り組んでいます。私たちが働きかけているのは、知的障がい者ではなく、彼らの可能性を奪っている「社会」なんです。だから「スペシャルオリンピックスにご寄付を」ではなく、「スペシャルオリンピックを通して彼らのチャンスの場に協力してください」と訴えています。
 理想かもしれませんが、日本だけでなく世界中で、寄付がもっとしっかりと問題解決のために使われるようになればいいと思っています。

注 1:

公益財団法人 スペシャルオリンピックス日本。知的障害のある人たちに様々なスポーツトレーニングとその成果の発表の場である競技会を年間を通じ提供している、国際的なスポーツ組織。
(公財)スペシャルオリンピックス日本 ホームページ

注 2:

認定 NPO 法人 HEARTS of GOLD。被災地や紛争地でのスポーツを通じた開発、子どもの自立支援を、人材育成を柱に活動を継続している。
認定 NPO 法人 HEARTS of GOLD ホームページ


話し手

有森 裕子 (ありもりゆうこ)さん

1966 年岡山県生まれ。就実高校、日本体育大学を卒業して、(株)リクルート入社。バルセロナオリンピック、アトランタオリンピックの女子マラソンでは銀メダル、銅メダルを獲得。
2007 年 2 月 18 日、日本初の大規模市民マラソン『東京マラソン2007』でプロマラソンランナーを引退。
1998 年 NPO 法人「ハート・オブ・ゴールド」設立、代表理事就任。2002 年 4 月アスリートのマネジメント会社「ライツ」(現・株式会社RIGHTS. )設立。

国際オリンピック委員会( IOC )スポーツと活動的社会委員会委員、スペシャルオリンピックス日本理事長、日本陸上競技連盟理事。他これまで、国際陸連( IAAF )女性委員会委員、国連人口基金親善大使、笹川スポーツ財団評議員、社会貢献支援財団評議員等の要職歴任。
2010 年 6 月、国際オリンピック委員会( IOC )女性スポーツ賞を日本人として初めて受賞。同 12 月、カンボジア王国ノロドム・シハモニ国王陛下より、ロイヤル・モニサラポン勲章大十字を受章。

取材・執筆

京都市民活動総合センター

土坂のり子


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