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アフリカの地で片道 25 キロの道のりを自転車で走りながら見える世界 » 京都市市民活動情報共有ポータルサイト by 京都市市民活動総合センター  

ボランティアスイッチ 第 19 回インタビュー

掲載日:2016 年 2月 19日  

社会に一歩踏み出し、活動する人の声をとりあげる「ボランティアスイッチ」。
第 19 回は、青年海外協力隊からタンザニアに派遣され活動中の柴谷菜緒子さんにお話を伺いました。

アフリカの地で片道 25 キロの道のりを自転車で走りながら見える世界

  • 国際協力交流

このページのコンテンツは、青年海外協力隊の柴谷 菜緒子 さんを、京都市市民活動総合センターの伊原 千晶がインタービューした記事です。

活動の様子
村で畑仕事を手伝っている様子

タンザニアは中央アフリカ東部にある、日本の約2.5倍の面積をもつ人口約 5000 万人の国。
柴谷さんは 2014 年 3 月から 2 年間、「コミュニティ開発」という職種で派遣されています。

居酒屋のトイレから始まった協力隊へのチャレンジ

青年海外協力隊に参加しようと思ったきっかけは居酒屋のトイレで協力隊のポスターを見て、ふと興味を持ったことから。
帰宅後に青年海外協力隊の HP を見てみたところ、ちょうど週末に説明会の予定があり、軽い気持ちでその説明会に参加。
そこで柴谷さんは協力隊に参加できる条件を詳しく聞き、「もともと協力隊に参加できる人は看護師とか先生みたいな資格が必要だと思ってたから、特に資格のない私でも参加できることが衝撃的だったというか、嬉しかった。」といいます。

加えて、説明会に来ていた協力隊 OB の方たちがすごく親身になって話を聞いてくれたそうで、「こういう人たちが参加した協力隊に私も参加したい」と強く思ったのです。
そして、協力隊として 2 年間を海外で過ごすため、会社も退職しました。通信関係会社で営業として 7 年間勤めていましたが、ずっと同じ環境で同じ人と関わり、仕事にも違和感を持ち始めたころに協力隊に出会ったのでした。
新しいことにチャレンジしたい、今の状況を変えたいと思い、チャレンジしたといいます。

柴谷さんにとっては、ちょうど 30 歳になる頃。そろそろ身を固めることを求める世間の雰囲気も感じていましたが、「何かを始めるのに遅いということはない」と自分に言い聞かせていたそう。「帰国したとき、再就職先があるかも不安だったけど、同じ環境下に留まるよりも新しいことをしたい気持ちの方が強かったから思いきれた」のでした。
そしてなんと、柴谷さんは協力隊が初めてのボランティア活動。「社会貢献とか国際協力なんて自分とは無縁だと思っていたので、改めて今の状況を考えると不思議な感じ。人って自分が考えている以上にいろんな可能性があるんだなぁ」と感じています。

予想外ばかりの状況で懸命に生きる

柴谷さんが暮らすのはタンザニアの首都ダルエスサラームから飛行機で 1 時間、さらにバスで 6 時間の「マサシ」という街。
スワヒリ語が飛び交い、電気、水、道路…なにもかも日本とは違う状況。まず暮らしに慣れることも一苦労でした。
そして、肝心の活動内容は“同じ県内にある村に住む女性グループの活動支援” という要請内容だったため、柴谷さんは毎日村へ行き、その女性グループたちと生活を共にすると予想していました。

しかし、実際は村へ全く行けずオフィスで悶々とする日々。配属先である県庁のコミュニティ開発局の予算不足が明らかとなり、村へ行けなくなってしまったのでした。
村に行くには車やガソリンが必要で、「車があってもガソリンがない」と言われ、オフィスで「自分は何をやってるんだ」と思う日々を過ごしていたそう。

慣れないオフィスで周りの業務や価値観もわからず、自分の本来の役割を果たせていない、そして言葉や文化の壁を言い訳にその状況を打破しようとできていないと自分を責めとても苦しい日々でした。

うまくいかない状況から、少しずつ切り開いていく

しかし、
派遣されてから 10 カ月目、ついに自力で村へ行くことを決意し片道 25 キロの道のりを自転車で通うように。

村へ行くようになってからは彼女たちの畑作業を手伝ったり、会議に参加することで関係性を築けるようになりました。

現在の活動内容で最も多いのは畑仕事の手伝い。そしてグループの会議に参加したり登記の手伝いをしています。
登記の手伝いとは、住民がグループを作った後に県庁に届け出を出せば正式なグループとして認められ、銀行からの貸付を受けられるので、資金繰りが良くなるしくみがあるそう。
しかし、届け出を出すのにグループの会則が必要で、その会則に何を書いたらいいのか分からず会則を作ることが困難なグループが多いため、そのような状況の人たちを集めて一緒に会則を作ったりしています。

そして自分の未熟さを感じたり、言語の壁や文化の違い、予想通りに活動が進まないなど苦しむことも多かった活動の中でもっともやりがいを感じたことは、活動の中で一番関わりのあったママに「自分の娘が子供を産んだらナオコと名づける」と言ってもらえたこと。
協力隊としての任期は 2 年で、タンザニアの地を去ってしまいますが、タンザニアで柴谷さんの名前が受け継がれることが嬉しかったそうです。

活動期間も残りわずか。残りの時間で、学んだことや取り組んだことを資料にして引き継ぎたいと考えています。

協力隊の期間を終えたとき柴谷さんにはどのような世界が見えるのでしょうか。そして柴谷さんの頑張りはタンザニアの人々に、そして柴谷さん自身にどのような影響を与えるでしょうか。

「何かを始めるのに遅いことはない」と決意し、取り組んだ協力隊へのチャレンジ。そして困難な状況を少しずつ切り開いてきた柴谷さんの挑戦はまだまだ続いていきます。


話し手

柴谷 菜緒子
タンザニアの子ども達と

青年海外協力隊

柴谷 菜緒子さん

インタビューワ

京都市市民活動総合センター

伊原 千晶


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