障がいのある方の中でも、「耳が聞こえない・耳が聞こえにくい」聴覚に障がいのある方がどのような日常を過ごされているかご存知でしょうか。今回のNPOスポットライトでは、聴覚に障がいのある方々が普段みている地域社会やよく抱く悩み、また、それらの環境を変えていくためのチャレンジである手話による国際交流の祭典の取組みを進めている「NPO 法人EXPO SIGN JAPAN」について紹介します。
この記事では法律や制度に関する部分は「聴覚障害者」、それ以外では「聴覚に障害のある方」と表現しています。
本題に入る前に、2025 年に東京都で聴覚に障害のある方によるスポーツの祭典「東京 2025 デフリンピック」があることをご存知でしょうか。このデフリンピックの取組みを通して、聴覚に障がいのある方々の個性や魅力に触れてみましょう。
「デフリンピック」とは、英語で「耳が聞こえない人」を意味する「deaf(デフ)」のアスリートたちが対象となる国際総合スポーツの祭典です。なお、オリンピックと同時に開催されることでよく知られているパラリンピックとは別の取組みです。
パラリンピックも同様に、障害のある方のスポーツの祭典ですが、実は、聴覚障害者の競技種目がありません。それでは、何故、デフリンピックとパラリンピックは異なる取組みとして実施されているのでしょうか。
少し調べてみると、デフリンピックには、より深い歴史があり 1924 年に発祥したことがわかりました。ちなみに、パラリンピックの起源は 1948 年です。デフリンピックは、「音ではなく目を使い、耳の聞こえない選手同士が公平にプレーする」というユニークな取組みを維持・発展させるために、パラリンピックが発足されて以降も別に取り組まれています。世界中の聴覚障がいのある方々とともに、2025 年に向けて国際的な動きに注目していきましょう。
今回は、先ほど紹介した国際総合スポーツの祭典とは別に、手話による国際交流の祭典「EXPO SIGN」の開催を目指して活動する市民団体「NPO 法人EXPO SIGN JAPAN」の取組みについて紹介します。取材に応じてくださった代表の西谷隆さんも聴覚に障がいのある当事者です。その視点から「なぜ、いま、国際交流や文化交流なのか。何を実現するためにこの取組みが必要なのか。」また、日本社会の現状から「EXPO SIGN」の構想に至ったきっかけを伺いました。
EXPO SIGN JAPANが発足されたきっかけは、約9年前にあります。当時、アメリカ合衆国ハワイ州で世界中の聴覚障がいのある方々が集い、生活様式や文化について互いに話す国際交流のイベント「EXPO SIGN」が開催されました。そのイベントに参加していた西谷さんは、世界には、たくさんの場面で、個性や才能を発揮し、活躍している聴覚障がいのある方々がいることに感銘を受けたそうです。特に、視覚を使って飛行機を操縦する免許を持つパイロットとの出会いが、西谷さん自身の可能性を広げたといいます。
このイベントに参加したことで、西谷さんの人生が大きく変わり始めました。例えば、イベント当時の感動や更なる好奇心からアメリカ式の手話を必死に勉強し、アメリカの他に、フィリピンやオーストラリア・イギリスの友人ができるようになりました。そして、自身が関われる範囲や見える世界が一気に広がったのだそうです。
その経験から、「世界中の聴覚障がいのある方同士が、手話の国際交流の祭典を通して、お互いの国や地域の文化や日々の生活について話し合える場を日本でもつくりたい。」と思うようになったそうです。
西谷さんは、力強い手の動きで「世界中の聴覚障がいのある方々が、新しい価値観や活躍している人たちと出会える場を作りたい。国際的な視野を持つことで、自分の住む地域をより豊かな共生社会にしていけるようにしたいのです。そのために、当事者としての知識や勇気が得られる環境を作ることを目指して、EXPO SIGN を実現したいと考えています。」と語ってくださいました。
EXPO SIGN の目的は、参加者同士が、世界中の先駆者と出会うことや、参加者自身が自分の限界をつくらず可能性を広げることにあります。7 年前に、前身となる「又EXPO(マタエキスポ)」の取組みをはじめました。パントマイムやダンスをはじめ、コミュニケーションの壁を乗り越える「デフパフォーマー」が、見ているみんなを楽しませます。なお、「又」は再びを意味し、あの時の体験や感動再び日本で実現したいという思いが込められています。
当時の祭典の様子
海外で生活した経験のある西谷さんだからこそ、見えている景色について紹介します。西谷さんによると、アメリカと日本では聴覚に障害のある方を取り巻く生活環境が大きくと異なるそうです。具体的には、日本では不便を感じることやコミュニケーションでの悩みを抱える機会が多いといいます。例えば、買い物をする時、アメリカでは、簡単な手話ができる店員がかなりの割合でいるそうです。もちろん個々に手話のうまい下手はありますが、手話によるコミュニケーションが前提である文化が根付いているそうです。また、アメリカの他、フィリピンやオーストラリアなど、それぞれ国や地域で差はあれど、手話や筆談に応じられる状態があるのだそうです。
それでは、アメリカと日本では何が違うのでしょうか。西谷さんは、その一つの理由が、アメリカには法律があり、言語法のなかで手話が言語として位置付けられている点だといいます。そのため、大学のカリキュラムでも、一定の手話の講座を受講することが、教育課程に位置付けられており、手話を学習する機会があるのだといいます。
一方、日本では、障がい者基本法で「言語(手話を含む)」と明記されているものの、手話が使いやすいい社会を目指すための「手話言語法」がありません。
なお、2013 年以降、手話への理解を深めるため手話言語条例が制定され、今は全国 500 以上の自治体に広がっています。日本社会でもテレビドラマの影響も相まって、手話教室に通う人が増えるなど、手話や聴覚障がいのある方への理解が広まりつつありますが、国際的にみるとその広がりのスピードは緩やかです。
西谷さんは、取材のなかで、缶バッチを指さしながら「もちろん、日本社会に手話ができる人が増えれば、それが一番嬉しいです。でも、すぐにはそうならないことも理解できます。ただ、もっと工夫をすれば、筆談やジェスチャーなどによってコミュニケーションができます。手話以外の方法でいいから、僕は、本当はもっとみんなのことが知りたいし、みんなにも僕たちのことを知ってほしいと思っているんです。」と語りました。
日本では「聞こえる人」「聞こえない人」という両者を分ける言葉が今でも当たり前に使われます。互いの違いが強調され、「わかりあえなさ」が漂うこの言葉の区別の背景にあるものは、なんなのでしょうか。
「聴覚障がい者です 筆談お願いします」の缶バッチ
西谷さんの場合は、日本での生活では、お互いの創意工夫によって乗り越えられる場面でも、聞こえないと分かった瞬間に「ごめんなさい。聞こえないのならもういいや。」と諦められたなと感じる場面が多いのだといいます。
取材を通して、筆者である私自身、あらゆる場面で諦められた相手の側の気持ちにきちんと向き合えていただろうかと考える機会をいただきました。
法律や制度・教育環境を整備することは非常に大切なことですが、仮に法律や環境が整備されたとしても、その精神が本当の意味で社会に根付くまでに時間がかかったり、不完全な取組みしかされないこともあります。だからこそ、想像力を豊かにし、人と人のコミュニケーションを通して補うことが大切です。
NPO 法人EXPO SIGN JAPAN では、2024 年 10 月 6 日に「手で話すマルシェ」を開催します。このマルシェは、聞こえる人も聞こえない人も参加することができ、お互いに接点を持つことで、相手を知りたいという興味や気持ちが芽生えさせる仕掛けがたくさんあるそうです。
手で話すマルシェをはじめ、お互いの交流や気づきのきっかけの活動をつくりながら、2025 年の EXPO SIGN 祭典の実現に向けた資金集めも、いよいよ本格的に始動します。
手で話すマルシェのチラシ
代表
団体名 | NPO法人EXPO SIGN JAPAN |
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代表者 | 西谷 隆 |
所在地 | 京都府京都市左京区 |
団体について |
NPO法人EXPO SIGN JAPANは、世界中の聴覚障がい者、手話学習者との交流を目的にみやこメッセで開催していた⼜EXPO JAPAN⼤会を、再度復活させたいという要望に応えるべく、2024年3月にNPO法人を設立しました。2025年6月に開催の国際交流の祭典に向けて、世界中の聴覚障がい者、手話学習者との交流を目的とし文化・教育・言語などの情報交換に関する事業を行います。 |
FAX | 075-741-1035 |
メール | office@expo-sign-japan.com |
https://www.instagram.com/expo_sign_japan/ |
名前 |
佐野光平 事業コーディネーター |
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