NPO 法が施行されてから 25 年が経ち、世代交代を喫緊の課題と捉える NPO 法人が増えています。「うまくいく世代交代」や「成功する事業継承」のセオリーはなく、それぞれの組織で異なる形があります。
今回の NPO スポットライトでは、NPO ラジオ局のパイオニアである NPO 法人京都コミュニティ放送を実質的に受け継ぐこととなった、事務局長の藤本香さんと放送局長の西村遥加さんに、世代交代をテーマにお話をお伺いしました。
(インタビュアー&記事執筆:土坂のり子)
NPO 法人京都コミュニティ放送はコミュニティ FM ラジオ局「京都三条ラジオカフェ」(以下、ラジオカフェ)を運営しています。2023 年に開局 20 周年を迎えました。
「コミュニティ FM 放送」とは、市区町村をエリアとする FM ラジオ局で、地域の特色を生かした番組や地域住民が参加した番組を提供し、地震や水害などの災害発生時にはリアルタイムできめ細かな情報を提供する役割もあります。2023 年 12 月現在、全国で 341 の放送事業者があり、京都府には 9 つのコミュニティ FM 放送局があります。
ラジオカフェは、NPO ラジオ局のパイオニアとして全国にその名が知られています。
ラジオカフェができる以前、日本の放送局は NHK 以外すべて株式会社でしたが、放送法では個人や団体も運営可能です。1992 年に「コミュニティ FM 放送」が制度化され、1998 年の NPO 法施行を受けて、2003 年にNPO放送局が誕生しました。以来、NPO 法人によるコミュニティ FM 放送局は新しい形態として定着しています。
ラジオカフェは「市民が情報の発信者となる」というスタイルを先取りし、市民が番組を持ち、地域社会に情報を届けることを使命としています。放送利用料を支払えば誰でも番組を持つことが可能です。
2000 年代初頭、アメリカ同時多発テロや気候変動の議論が国際的に盛んでしたが、日本のニュースはセンセーショナルな内容に偏りがちで、真実を知る手段は限られていました。そんな中、「市民が発信する市民ラジオ」が京都に誕生し、多様な市民団体が自分たちの情報を公共の電波で発信できるようになりました。
例えば、2004 年から放送されている「難民ナウ!」は、「難民問題を天気予報のように」をコンセプトに、難民問題を身近に感じてもらうことを目指し、難民が私たちと変わらない「人」であることを伝え続けています。
NPO 法人京都コミュニティ放送は、いわゆる「事務局主導型」の NPO 法人です。少人数の職員が総務・経理・営業・番組制作準備・各種打ち合わせ等を実施し、理事は法人全体の経営や方針を決定しています。放送に関わる職員が一部理事を兼務し、現場の状況を踏まえた意思決定がなされるようにしています。
このため職員には、放送に関する技術と各種関連法の事務、さらに NPO 法人京都コミュニティ放送の使命である「市民性」を備えた放送局経営の3つの力が必要となります。コミュニティ FM ラジオ局の運営はそもそも簡単ではありません。どこも脆弱な組織基盤の中、それぞれに工夫しながら運営を継続しています。NPO 法人京都コミュニティ放送では設立以来、理事を兼務する個々人のカリスマ性や専門性、ネットワークの広さを頼みとして運営してきました。
しかし、事務局職員の高齢化や情報発信に関する時代の変化を受け、2021 年、20 代の女性二人を中心とする運営体制へと世代交代しました。
土坂:京都コミュニティ放送との関わりはいつからで、その当時はどのような形で関わっていたのでしょうか?
藤本:私は 2017 年 3 月に大学を卒業し、新卒で入職しました。大学在学中、友人がラジオカフェで番組を持っていたのでその存在は知っていました。また、自分が所属していた活動の代表者と当時の事務局長が知り合いで、4 回生の夏頃に「ウチで働く?」と声をかけていただきました。その後、秋からインターンを始め、そのまま卒業後に就職しました。
西村:私は 2020 年 10 月に就職しました。藤本と同じ活動に関わっていたのですが、アルバイトとして入って、その後「就職しませんか?」とお声かけいただきました。
土坂:二人とも新卒入職なんですね。NPO 法人が運営するラジオ局というのは特殊な業態だと思いますが、就職を決めた理由は何だったのでしょうか?
藤本:私はラジオというツールが社会にとってどのような意義や価値があるのかに興味がありました。
西村:私はラジオが好きで、普段からよくラジオを聴いています。ラジオは人の顔が見えない声だけの媒体ですが、だからこそ伝わるものがあると感じています。また大手放送局はタレントや局アナなどが発信するものですが、自分と同じような一市民が番組を持ち放送しているラジオカフェに魅力を感じました。
土坂:入職してからどんな役割を担ってこられたのでしょうか。
藤本:インターンの時、ミキサー(入力された音のバランスを調整し、聞き取りやすい音を作るための機材)を覚えて収録ができるようになってほしい、と言われました。私が入職した当時、初代事務局長が 70 歳代で、一番年が近くて 20 歳代、その上は 30 歳半ばの職員がいましたが、当時はミキサーができる人とできない人が分かれていました。他のコミュニティ放送では職員がミキサーをしながら話すこともあります。「どんどん前に出てやってみて」と言われ、何もわからない中で京都新聞を生放送で読み上げたり、同行した取材で「質問して」と突然言われたりしたこともありました。
西村:私もミキサーから始めて放送に関わるようになりました。必死すぎて当時のことは覚えてないこともたくさんありますが、番組をされている方を見て、「自分ができることは何だろう」と考えながら仕事をするようになっていました。私はコロナ禍の真っ只中で入職しているので、オンラインでのやり取りが主となり、実際に顔を合わせたことがない中で様々なステークホルダーとの関係性をつくっていきました。
土坂:(苦笑)。NPO らしいと言えばそうですが、戸惑われたことも多かったでしょうね。
藤本:「なんでもやってみて」と言われて、当時は「試されてるのかな?」と考えたこともありました。もう少しステップを踏んで教えてもらえるものかと思っていたら、後ろから背中を蹴られるように、育ててもらった感じです(笑)。
西村:ほんと、ほんと(笑)。私は性格的にも前に出るタイプではないので、「前に出て」と言われても自分からはいけないことがありました。今も経験を積んでいる途中です。
土坂:恐らく当時の事務局長や職員の方々の視点で見ると、お二人の入職そのものが、世代交代を意識したものだったと思われます。藤本さんと西村さんが世代交代を意識されたのは、いつ頃でしょうか。
藤本&西村:当時の事務局長の定年が迫っていましたので、入職後間も無くから、そうなるものと捉えていました。
土坂:そんなに早くからですか! ・・・でも、だからこそ、実践的な育成スタイルの中で、主体的に局運営について考えるようになられたのかもしれませんね。
土坂:2021 年に藤本さんは放送局長に、西村さんは事務局長に就任されましたね。長年ラジオカフェに関わってきた立場としては、衝撃的な世代交代でもありました。藤本さんは入職 5 年目、西村さんはわずか 3 年目です。
藤本:私は 4 代目の放送局長ですが、開設当時を知らない初めての局長です。恐らくお世辞も含めて「若い人がなるといいね。」とお声がけいただきました。NPO 法人京都コミュニティ放送にはたくさんのステークホルダーがいますので、ご指摘も含めて、「ラジオカフェを一新してほしい」と期待を込めたお言葉だったのではないかと思います。一方で、放送局の顔になるということに「嬉し恥ずかしさ感」があって、必死に頑張ろうと自分を鼓舞することもありました。
土坂:・・・私も藤本さんにそのような言葉をかけた記憶があります・・・。
藤本:でも、本当に大変だったのは、事務局長となった西村です。例えば、以前は決済が必要な起案は全部紙で回覧していました。それがコロナ禍で理事会や総会の書類をメールでやり取りするようになったのですが、一度修正を加えた後に、他の理事や職員から元データにさらに修正の指摘があり、どれが正しいのか途中で混乱しました。そこで西村が Google ドキュメントの活用を提案し、共同編集ができるようにしました。
西村:事務局長は多岐にわたる業務を担当しますが、NPO 法や放送法について完全に理解できているわけではなく、就任後は日々、「う〜ん、わからん」とつぶやきながら業務に取り組んでいました。過去の同様の書類を探し出し、ある程度把握した上で、「こんな感じでどうでしょうか?」と進めていく形です。
土坂:以前の書類は整理されて、共有フォルダーに保存されていたのでしょうか?
西村:ある程度は共有フォルダーに保存されていましたが、個人のデスクトップにしかないデータもありました。どれが参考にすべき書類なのか判断もできませんし、事務が得意ではない自分に、事務局長は向いていると感じられませんでした。でも、だからこそ面白いな、と感じていました。敢えて自分に向いていない業務に挑戦させてもらって、難しいけれども面白い経験でした。
土坂:なんというか、西村さんの前向きさに少し涙が出そうになります。2024 年 4 月より、藤本さんと西村さんの役割が交代になりましたね。藤本さんが事務局長、西村さんが放送局長となったのは、何か狙いがあったのでしょうか。
藤本:これは単純に、互いの強みなどを考えた時、役割の交代がスムーズだと思ったからです。
土坂:思えば NPO 法人の第一世代でもある私自身も、日々「わからん」と向き合い続けています。
藤本:NPO 法人京都コミュニティ放送は事務局主導型です。私以外の理事はご自身の仕事があるのでボランタリーに関わってくれています。「事務局がそう思うなら、やってみたら」と言ってくださるのですが、以前はこの運営体制をいまいち理解できていませんでした。職員として働き始めたとき、「どこかに正解がある」と思っていましたが、実際には正解はどこにもありません。教える側も「強い思い」はあれど、正解を持っているわけではないのだと、後になって気づきました。
土坂:NPO 法人の多くは経営面でとても苦しく、組織基盤も脆弱です。コミュニティ FM 放送局の運営も相当に厳しいものがあり、事務局長、放送局長となるにあたって、きっと葛藤や不安もあったのではないでしょうか。
西村:不安は今もあります。元々「ラジオが好き」という気持ちから入職したので、事務局長になったときも事業を大きくすることにはあまり興味が湧きませんでした。しかし、会計などの数字を理解するにつれて、「経営って本当に大変だ」と強く感じるようになりました。経営的な視点になると、クリエイティブな発想が減ってしまい、気持ちと収益のバランスが取れていない状況です。
また、ラジオカフェのステークホルダーには個性的で求心力のある人が多いのですが、内向的な性格の自分には「自分はそうはなれない」と感じることもあります。
藤本:私は放送局長になったとき、それほど不安はありませんでした。最初の 1 年は放送局長としての役割を探りながら進めましたが、実務的にはこれまでやってきたことと大きな違いはありませんでした。しかし、「放送局長になったから」と大学の講義で話してほしいと声をかけられるなど、前に出る機会が増えました。幼少期は「人前で話す」ことに気後れする性格だったため、「話すこと」が仕事になるとは不思議な巡り合わせだと感じています。
土坂:パイオニア NPO であるが故に、継承の難しさもあるかと思います。今ではスマホが世界中に普及し、SNS も発達して、誰もが気軽に情報を発信できる時代になりました。そのため、ラジオのあり方も設立当時とは大きく変わっているのではないでしょうか。
藤本:ラジオカフェの開設に関わってきた人たちは、電波の力を信じています。「新しい風を吹かせてね」という期待もありますが、ラジオカフェの良さを信じています。けれど、私が「電波の力」と言うとき、その言葉は借り物であり、今はまだ自分の言葉ではないのです。
実際、電波で放送を流すだけでは経営は厳しい状況である一方で、ラジオカフェの良さはコミュニティの存在にあります。そのため、ラジオ以外の事業を展開することも検討しています。
西村:私はラジオカフェで働くようになって、「誰でも電波を使って放送できるのはやっぱり面白い」と強く感じるようになりました。コミュニティ放送だからこそ守り続けたいものがラジオカフェにはあります。ラジオカフェは地域に特化した番組だけでなく、テーマをカテゴライズすると、Spotify(音楽やラジオなどの音声コンテンツ、ビデオを楽しめるデジタル配信サービス)並みに幅広い分野の番組を放送しています。そして、その番組を誰でも低価格で作れるというのは、本当にすごいことだと思っています。
藤本:コミュニティ FM 放送局を NPO として持続できれば、今の忖度するメディアの在り方に一石を投じられると思います。社会で不条理な状態に置かれている方が番組を通して発信することで、声が小さい人たちやマイノリティの人たちが心地よく発信できる機会を提供したい。そして、それを応援する人たちが可視化される仕組みをつくりたいと考えています。
土坂:最後に、「これでは受け継げないよ」と率直に感じたこと、「このやり方は私たちには困難だ」と思ったことなど、世代交代をして感じたことを教えてください。
藤本:マンパワーの不足は大きな課題です。役割分担は適材適所の人材マネジメントに必要ですが、少人数のコミュニティ FM 放送局では、分担しすぎることがリスクになります。また、「この人が抜けるなら番組を辞める」という状況も避けたいです。初代事務局長は人脈が非常に広いのですが、彼女は NPO 法人京都コミュニティ放送とは別に自身で団体を起ち上げていますし、個人的なつながりも多いです。彼女の人脈のすべてを私たちが引き継ぐことは難しい状況です。
西村:そうですね、初代事務局長のようになれるかというと、やはりなれないと思います。でも、だからといって力不足だと感じるのは違うと思います。自分の視点で「これ面白そう!」と感じたことにチャレンジしていきたいです。
藤本:世代交代を経験して、私が強く感じたのは、人と人とのつながりの重要性です。20 年もの間続けてきたからこそ築かれた人脈は、新しく始めたばかりでは到底得られないものです。
多くの人々の思いが詰まった事業や場所を引き継ぐことには、自分の理念がフィットすることもありますし、逆に「理解できていないかも」という戸惑いもあります。それでも、どの方向を目指して進むべきかを常に模索し続けることが大切だと感じています。だからこそ、私は嫌われることを恐れずにいたいと思っています。
きょうと NPO センター(京都市市民活動総合センター指定管理・運営団体)はラジオカフェ開設当初から「 KYOTO HAPPY NPO 」 (2024 年4月より「KYOTO SOCIAL WAVE」に改名)という番組を NPO 法人京都コミュニティ放送と協働で運営して来ました。
藤本さんと西村さんとは普段から一緒にお仕事をしています。実はとてもシャイな彼女たちが、この2年間、多くの大人たちと同じテーブルについて、組織経営について意見を求められてきた姿を思い出しました。取材を進める中で、彼女たちが、憂いや不安だけでなく、この世代交代をある意味軽やかに乗り越えようとしている真実に触れ、胸が震えました。
NPO法が施行されてから 25 年が経ち、世代交代を喫緊の課題と捉えるNPO法人が増えています。「うまくいく世代交代」や「成功する事業継承」のセオリーはなく、それぞれの組織で異なる形があります。それは、渡す側と受け継ぐ側の相互作用によって生まれるものなのだと感じました。
団体名 | NPO 法人京都コミュニティ放送 |
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所在地 | 〒604-8071 京都市中京区寺町三条下ル永楽町224 とーべぇビル303 |
団体について |
「市民が主役の放送局」をコンセプトに、市民発信の番組を放送するFM放送局を運営しています。 |
電話 | 075-253-6900 |
FAX | 075-253-6901 |
メール | info@radiocafe.jp |
Web サイト | https://radiocafe.jp/ |
https://www.facebook.com/fm797radiocafe |
名前 |
土坂 のり子 京都市市民活動総合センター 副センター長 |
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