リーダーの哲学 ~福祉は誰のために何のためにあるのか~

掲載日:2024 年 2月 23日  


 障がいのある人が働くことをサポートする「障害者の就労支援」が制度化されてから、約 20 年が経とうとしています。しかし制度が目指す「理想」通りとはいえません。
今回は、障害者の就労支援に取り組む NPO 法人ENDEAVOR EVOLUTION(エンデバー エボリューション)理事長の松浦一樹さんにスポットライトをあてました。
福祉は誰のためにあるのか。何のためにあるのか。真正面からとことん向き合いつづける「松浦流リーダー哲学」について、お話を伺いました。

※ この記事では法律や制度に関する部分は「障害者」、それ以外では「障がいのある人」という表現を用います。

このページのコンテンツは、松浦 一樹さんにスポットライトをあてその活動を紹介する記事です。

夢を追いかけつづける

 NPO 法人ENDEAVOR EVOLUTION(以下、エンデバー エボリューション)の創設者であり、理事長である松浦さんは、元京都府警察の少年課刑事という異色の経歴を持っています。知的障がいのある青年を逮捕したことを機に福祉作業所を訪れた松浦さんは、障がいのある人々が懸命に働く姿に心を打たれたそうです。「障害のある人たちが一生懸命に働いているこの作業所で、非行を犯したけどやり直したいと願う少年、学校に行けないけど頑張りたいと願う少年らも一緒に汗を流し、学びあえる場所をつくりたい」と福祉を仕事とする決断をしました。

 1999 年、周囲の反対を押し切って警察官を辞職し、福祉の世界に飛び込んだ松浦さんは、福祉施設の職員として働いたのち、自身の目指すべき理想の福祉をカタチにするため、 NPO 法人を設立します。しかし、福祉に対する考え方の違いが生じたことによってその NPO 法人と袂を分かち、2015 年、新たにエンデバー エボリューションを設立しました。
 松浦さんのエピソードは、2009 年「夢を追いかけろ!」というタイトルで漫画化されました。さらにその後も、福祉の実情に向き合い続ける姿が映画化され、シリーズとなっています。

映画シリーズ(監督:入江毅)

障がいのある人が「働く」ことを支援する法律

 さてここで、松浦さんのチャレンジの舞台ともなっている、障害者の就労支援について説明します。
 障がいのある人を支援する法律では、2006 年から施行された「障害者自立支援法」により、「地域で生活することへの支援」とともに、「働くことへの支援」がとりわけ強化されました。さらに 2015 年にはこの法律の改訂版となる「障害者総合支援法(障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律)」が制定され、対象となる障害や病気の範囲が広がりました。

 「就労系障害福祉サービス」と呼ばれるものには、4 種類のサービスがあります。

 就労継続支援 A 型と B 型の大きな違いは、「雇用契約を結ぶか否か」です。雇用契約を結び最低賃金を保証する A 型事業所は、就労経験を積んでスキルアップし、一般企業で働けるようになることを目指します。一方、 B 型事業所は、一般企業で働くことが困難な方にも働く機会を提供し、生産活動をしながら「工賃」を払います。B 型事業所は日中に安心して過ごす居場所としての役割もあります。

何が何でもここで、働きたい

 エンデバー エボリューションが運営する就労継続支援 A 型事業所「ワークチャレンジスタイル GOKENDO」は、株式会社五健堂およびその関連企業と連携し、食品物流の各種作業の一翼を担っています。作業内容は、野菜加工、トレイの仕分け、ピッキング、配送ケースの洗浄など、軽作業の中でも相応のスキルが必要なものが多いです。
 「ワークチャレンジスタイル GOKENDO」は企業に隣接した場所で 365 日稼働しており、連携企業への就労訓練を経て一般雇用につながるため、アフターフォローに力をいれやすく、途中でつまずきがあった場合はいつでもやり直すことが可能です。このステップアップ型の就労支援スタイルは「京都府のモデル事業に!」と言われたこともありました。

 エンデバー エボリューションには現在、障がいのある人が、A 型事業所の利用者として 17 名、一般雇用として5 名の合計 22 名の方が働いています。利用者として契約される方のルートとしては、支援学校からの新卒採用がほとんどです。「何が何でもここ(エンデバー エボリューション)で働きたい」と強く希望する生徒の中には、在学中に、求められる働き方ができるレベルに達するまでおよそ 1 年をかけて「ワークチャレンジスタイル GOKENDO」で就労実習を行うこともあるそうです。

 「最低賃金をもらうということは、そんなに簡単なことじゃない。でも、働くことへの意識と技術を少しずつ身につけながら雇用につながるから、途中で辞める人はほとんどおらへん。離職は施設外就労から一般企業に就職が決まったことで “卒業” していく人がいるのみやね。」との説明の後、松浦さんは一人ひとりの変化の様子を語ってくれました。

 「作業をすることが目的ではなく、作業を通して訓練することで成長したり自立することが目的やから。支援学校から『ようこそ先輩』という出張授業の依頼が毎年くるんやけど、卒業生が仕事をすることの大変さや給料の使い方を在校生に語る姿をみて、支援学校の先生方が『あの子がこんなに立派になって』と涙を流すんや。やっぱりこの仕事の一番の醍醐味は、彼らのこの成長した姿を見られること。もちろん上がったり下がったりを繰り返しながらの成長やけどね。」

取材時の様子

努力して進化する「ENDEAVOR EVOLUTION」に込めた思い

 松浦さんの姿勢は、いつも一貫しています。障がいのある人も罪を犯した人も、どんな人であっても成長すること、やりなおすことができると常に信じて、向き合っています。

 決してきれいごとではありません。
 エンデバー エボリューションで働く人の中には、親から虐待を受けるなど、家庭環境に大きな問題を抱えている人もおられます。法に触れる行動をしてしまったいわゆる「触法」の人もいます。また、悪質な訪問販売などに騙されてしまう人もいます。一般雇用された先の企業で上手く力を発揮できず、精神的に不安定になっていく人もいます。これらが発覚するたびに、松浦さんは即座に相手に連絡をとり、まさに昼夜を問わず走り回ってきました。

 このような状況もあり、松浦さんが自宅マンションの隣の物件を 3 件買取り、グループホームを運営しています。このグループホームに来て初めて自分で買い物した、お金を使った、料理をした、ご飯がおいしく食べられるようになったと語る入居者も多く、取材時には、毎日の生活を松浦さんをはじめとする支え手や仲間とともに過ごす中で、困難な家族関係から少しずつ自立するための生き方を学ばれている様子を垣間見ることができました。
 グループホームで松浦さんは、時に、スマホの見過ぎで何もしない入居者に注意したり、共有の冷蔵庫の中が汚い、電気のつけっぱなしや水の出しっぱなしにかみなりを落とすことも。方や利用者の誕生日には全員でお祝いをしてプレゼントを渡したりと、まるで本当の家族のように寄り添っているそうです。そんなアットホームな雰囲気に共感した人々が、本業の傍らに世話人としてお手伝いにきて、ここでの暮らしを支えています。

グループホームの共有ボード

 「大学時代の先輩に『人間は平等公平ではない。福祉は目の前の困った人を助けるためにあるんだ』と教えられたことが心に強く残ってる。だから僕は、目の前の人に、精一杯向き合い続ける。」と語る松浦さん。
 入居者やエンデバー エボリューションで働く人だけでなく、なぜかその親や家族からの個人的な相談事も多いというエピソードからは、松浦さんがどんな場合でも投げ出さずに話を聞き、解決に動かれてきた様子が伝わってきます。

 「なぜそこまで向き合おうとするのでしょうか?」と筆者が質問したところ、「それは僕たちはみんなファミリーやから。それに利用者の家族に問題が起きたりすると、利用者が安心して仕事ができなくなるしね。家族の相談に対応することも含めて、全ては利用者のためやねん。」と答えてくださいました。

制度の理念と実態、その問題

  A 型事業所は「働くことに特化した場所」であり、企業と同じように事業収入を上げていかなければ、雇用する障害者に給料が払えません。
 一方で、就労訓練の機会を提供するいわゆる「就労支援」に対し、利用人数に合わせて行政から「訓練等給付(サービス報酬)」が各事業所に支払われます。「訓練等給付」は支援を行う職員の給与や運営費に充てますが、中にはこれを不正に申請したり、「訓練等給付」を障害者の給与として不正に支給したりするなど、制度を悪用した一部の事業所が出現し、大きな問題となりました。

 制度を悪用する事業所が増えた背景には、行政の責任もあると松浦さんは指摘します。
 「法律では法人格があれば社会福祉法人だけでなく、株式会社でも NPO 法人でも福祉サービスを実施できるようになった。それやのに、行政はサービスを提供する事業所に対して『福祉を行う事業所だから』と『性善説』のように捉えていたように思う。自立支援法施行当初 A 型事業所が思うように増えず、行政は様々な条件を緩和して、 A 型事業所の指定を取りやすくしてしまったもんやから、福祉を根本的に何もわかっていない人や業態も事業に参入しやすくなって、利益を目当てに福祉を食いものにする事業所も出てきてしまった。」

 このような状況は国も問題視し、制度の趣旨に沿った運営をする事業所をきちんと評価するための報酬改定と、事業所の質を多面的に評価する方法が導入されました。「2024 年 4 月からは法改正によってこの評価方法がさらに強化されるから、これでようやく不適切な A 型事業所は淘汰されていくんじゃないかな」と、松浦さんは語ります。

リーダーの哲学

 松浦さんがエンデバー エボリューションを NPO 法人にした理由を伺ったところ、「たくさんの人に関わってもらいながら様々な課題や取組みを社会に啓発していくためには、NPO 法人が一番よいと思ったから」と力強く答えてくださいました。一方で、自宅の隣を借りて個人的に運営してきたグループホームは、株式会社として運営しています。これは NPO 法人の事業やスタッフに負担をかけないようにとの配慮から、一人代表の株式会社を選択したそうです。

 「基本的に 1 法人 1 事業で、独立採算制をとるのが、僕の経営理念。手広く事業を広げると自分がやりたくない仕事の担当になる人もでてきて、スタッフが辞める原因にもなるしね。エンデバー エボリューションは、設立してからこの 10 年職員の離職がひとりもないねん。株式会社でも同じことはできるのかもしれない。でも、NPO 法人は理事や監事でチェックしあう体制をとらなあかんから、誰の意見も聞かずに好き放題にすることはできへん。職員や利用者の不満が出たら、不満をほったらかしにせず、みんなが満足するやりかたを追求していきたい。」

京都新聞福祉賞の授賞式

目的は共生社会、事業はその手段。

 エンデバーエボリューションでは、毎月みんなで給料から少しずつ募金し、毎年京都市内の児童養護施設に寄付をしています。夢を追いかけろ!タイガー基金」と名付けられたこの寄付は、誰もが誰かの支え手になれることを感じさせてくれます。
この寄付を始めた頃から松浦さんは「障害があっても社会貢献することはできる。人として、誰かのために何かをすること、そしてそれを続けることが大切なんです。」と様々な場面で発言してこられました。

 こうしたチャレンジをし続ける精神と、数々の功績が称えられ、松浦さんは福祉分野で著名な賞であるヤマト福祉財団小倉昌男賞を 2017 年に受賞、さらに 2024 年には京都新聞福祉賞を受賞されました。

 そんな松浦さんが取材の最後に思いを込めて語ってくれたのは、福祉サービスを担う人への問題提起と、リーダーとしての覚悟でした。

 「それぞれの事業所で受け入れる障がいの種類が、身体・知的・精神とそれぞれ分かれていた頃は、それぞれの障がい特性に合わせて、事業所の特徴があった。例えば精神障がいのある人を対象にした事業所は、まず『通う』ことそのものを目標にして、事業所ごとに多様なメニューもあった。けれど今は、障がいの種類や特性に関係なくとりあえず『人数』を受入れて、利用者を奪い合うような状態。就労支援がビジネスとして行われて、そこに税金が投入されている。
 僕たちは公務員じゃないのに税金を使っている。税金を使うからには、障がいのある人はもちろん、地域・親・社会・企業・行政みんながよくなっていくことを追求していかなあかんと思う。それが、税金を使わせて頂いている重みとちがうやろうか。」

 この問題提起の土台には、刑事時代に先輩刑事から「お前は絶対に税金泥棒と言われるなよ。人の5倍働け!」と教えられたことがあったといいます。

 「経営者になると売り上げをあげることや事業所をたくさん作ることに方針を代えていく法人が後を絶たないが、それは本来ではないし、僕はそんなことには興味はない。この事業をさせて頂く目的はあくまでも真の共生社会の実現であって、事業はその手段にすぎない。そのためには最善の努力をして、たくさんの方に認めて頂ける結果を出し続けなければならない。そして、障害のある方や罪を犯してやり直したいと頑張っている方たちが、福祉事業がなくても安心して企業で働け、地域で暮らせる日がくるその日まで走り続けたい。」

 「それが自身のリーダーとしての宿命である。」と締めくくった松浦さん。
 リーダーとしての流儀を、力むことなくリラックスした雰囲気で語る姿から、松浦さんが常に覚悟を持って行動してきたであろう “日々” の重みを感じました。


今回スポットライトをあてた団体・個人

松浦 一樹 (まつうら かずき) さん

NPO 法人ENDEAVOR EVOLUTION 理事長

所在地 〒 京都市伏見区横大路菅本 2-58 (株)五健堂本社ビル 2 階
団体について

障がい者・引きこもり青年等に対する職業訓練等による就労継続支援事業を行っています。
たとえ障がいがあっても、過去に罪を犯しても「頑張って働きたい」、「やりなおしたい」と願う人たちのために、つまずいても再度戻ってやり直せる「理想の福祉事業所」づくりに取組んでいます。
<事業内容>
◆障害者総合支援法による障害福祉サービス事業
◆障がい者・引きこもり青年等に対する職業訓練等による就労支援事業
◆非行少年に対する補導委託事業
◆その他、この法人の目的を達成するために必要と思われる事業

メール endeavor1217work0401@gmail.com
Web サイト https://endeavor-evolution.jimdosite.com/

この記事の執筆者

名前 土坂 のり子

京都市市民活動総合センター 副センター長



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