京都市内に残る希少なカタクリの自生地を守る

掲載日:2022 年 12月 23日  


片栗粉と言えば、料理やお菓子作りには欠かせない材料のひとつ。かつてはユリ科の植物カタクリの鱗茎から採ったデンプンを指す名称でしたが、デンプンの原料がジャガイモに代った現在でも、片栗粉の名前はそのまま使われています。
このカタクリ、東北や北陸など、寒冷な地域では普通に見ることのできる花ですが、西日本では少なく、現在は奈良大阪にまたがる葛城山、京都では小塩山(おしおやま)の山頂付近の谷間など、限られた地域にしか自生していません。それらの地域でも、シカの食害などで自生地はどんどん姿を消しています。
今回お話をうかがったのは、京都市内に残る希少なカタクリの自生地を守る活動を 20 年以上にわたって続けている西山自然保護ネットワークの共同代表、中河 洋介さんと幹事の中川光博さんのお二人です。
シカやイノシシが出没する山中でどのような活動を続けてこられたか、また、保護するばかりでなく、ハイキングを楽しんだりカタクリの花を見に来たりする人たちと共生していくための取り組みなどについてもご紹介いただきました。

このページのコンテンツは、西山自然保護ネットワーク 中河 洋介さん(共同代表・左)、中川 光博さん(幹事・右)さんにスポットライトをあてその活動を紹介する記事です。

カタクリはなぜ消えていったのでしょう?

カタクリは草丈 15 センチメートルくらいで、早春に薄紫色の可憐な花を咲かせるユリ科の植物です。かつて小塩山には落葉広葉樹林の下草として自生地が広がっていたのですが、1990 年代から急激に減ってきました。それは里山が放置されて環境が変化したことと、シカやイノシシによる食害が大きな要因と考えられます。


小塩山は、洛西ニュータウンの西側、京都縦貫道がすぐ東側を走る標高 642m の里山です。平安時代、淳和天皇の遺骨がこの山の頂付近に散骨されたとされ、そこには現在、淳和天皇陵が築かれています。山はかつて薪炭林として利用され、樹木の伐採や肥料にするために草刈りが行われていました。カタクリが生育するためには、夏は涼しく、春には地表に日光の射し込む必要がありますが、そういった環境がかつての小塩山の薪炭林には備わっていました。ところが燃料として薪や炭が使われなくなるとともに山に人の手が入らなくなったことで、常緑樹が繁って年中薄暗い山となり、カタクリの生育に適さない環境に変わってきました。
さらには、シカ、イノシシの食害が急増したこともカタクリの生存を脅かす要因になっています。

会の成り立ちとこれまでの取り組みを教えてください。

1999 年、カタクリとそこに棲息するギフチョウを守ることを目的に、地元の自然保護団体や山の会が一緒になって西山自然保護ネットワークという団体を立ち上げました。当初は登山道にコースロープを張り、ハイカーが自生地に踏み込まないように注意を喚起するとともに、明るい山に戻すため常緑樹の伐採を進めました。これによりカタクリは復活してきたのですが、2007 年には再び減少に転じました。その原因を調べたところ、シカによる食害が影響していることがわかりました。そこでシカの侵入をくい止めるため、仲間で資金を出し合い、防獣ネットを張る活動に取り組みました。

防獣ネットの効果はてきめんで、カタクリの株数は徐々に回復してきたのですが、2018 年になって、今度はイノシシがネット内に侵入して荒らし回り、個体数調査の結果からカタクリが四分の一消滅するという危機的な状況になったことがわかりました。イノシシはネットを破り、また強力な鼻でネットを持ち上げて侵入します。これを防ぐため、私たちはイノシシ対策チームを編成して頻繁に巡回点検し、金属製メッシュで侵入口を封鎖するといった対策を講じています。また動物の行動把握のために監視カメラを設置しました。カメラ映像ではイノシシやシカのほかにもキツネやタヌキ、イタチ、テン、アナグマ、サル、ウサギ、リス、ノネズミなどなどさまざまな動物が辺りに生息していることがわかり、豊かな生態系が維持されていることも確認できました。こうした取組みが奏功して、カタクリの群落は今では 2018 年以前の状態にまで回復しており、また、ギフチョウの棲息数も安定しています。

ギフチョウの保護についても教えてください。

当会は、小塩山のカタクリとギフチョウの両方を守ることを目標にしています。ギフチョウは京都府絶滅危惧種、環境省絶滅危惧 Ⅱ 類 (VU) にも指定されている希少なチョウで、京都府登録天然記念物ともなっています。ギフチョウは 4 月の初めに羽化してカタクリなどの蜜を吸い、同じく薪炭林の下草であるミヤコアオイの葉の裏に卵を産んで 5 月までには一生を終えます。つまり、カタクリやミヤコアオイを保護することが、すなわちギフチョウを保護することにもなるわけです。京都府南部でカタクリとギフチョウを同時に見られる場所は、今や小塩山のみといわれています。今日では、カタクリの開花時期の晴れた日には、必ずギフチョウが見られるまでに個体数が安定しています。

1 年間の活動

保護活動の一年を追うと、春の開花前、2 ~ 3 月にはカタクリの花を見に訪れる人達のために観察路の整備を行います。4 月の開花期には、のべ 2 千人ほどの人が保護地を訪れるので、来訪者に現場でカタクリ、ギフチョウの説明や私たちの取り組みを紹介します。カタクリは開花後、6 月には地上から完全に姿を消し、翌年 3 月に芽吹くまでは地下で過ごすことになります。カタクリ保護地は手入れされた落葉広葉樹林ですので、夏場は葉陰が地温の上昇を防ぎます。秋が深くなるとすべて落葉し、今度は一転地表に陽光が届くようになります。この環境を維持することが取り組みの基本方針です。一方で、こうして手入れされた明るい森には笹が繁茂して春の陽を遮ってしまうという問題があります。防獣ネットがなければシカが適度に笹を食べてくれるところですが、ネットを設置した以上は人の手で笹を刈り取らざるを得ません。したがって、秋 10 月~ 11 月は自生地内に踏み込んで笹を刈る作業を行います。12 月以降は地下の鱗茎が芽吹きの準備をはじめるので、自生地内には一切踏み込みません。そして開花前には再び、観察路を整備します。
以上が基本的な年間の作業ルーチンです。


これら主活動とは別に、イノシシ対策グループや調査グループが年間を通じて活動しています。調査グループでは、カタクリの個体数や結実数などを長年にわたって調べ、保護活動の効果を検証したり、すべての動植物を調査して、植生や生き物の変化を記録しています。調査データからは、カタクリの実生数が少ない点や、ハナバチなど花粉を運んで受粉させる役割を果たしている昆虫が減少しているといった問題が浮かび上がっており、原因を探るべく調査を継続しています。また保護活動とは別に、京都西山の野草や樹木を観察しながらハイキングを楽しむ花観察ハイキングチームも活動しています。

最後に、この記事を読んでくれた人たちへのメッセージ

私たちがこの活動を始めた二十数年前、メンバーの年齢は 60 歳代が中心でしたが、今や平均年齢は 70 歳代半ば。急斜面での作業を行うことなどがだんだん難しくなってきています。山仕事というと、なにかキツイ作業のように思われるかもしれませんが、自然の中で体を動かすことはとても楽しいものです。ボランティアは、通行許可を得て山頂まで車に分乗して上がりますし、仕事の軽重も各自の体力に合わせて調整できます。一度、現場に来て体験していただければきっと好きになってもらえると思います。カタクリは種子が発芽してから花が咲くまで 7 ~ 9 年という長い年月を要します。これから先も延々と続く取り組みです。ぜひ多くの人たちに仲間に加わっていただきたいと願っています。

この記事を読んで少しでも関心を持たれた方は、ぜひ当会までご連絡ください。
またホームページでも活動の様子やスケジュールなどを紹介しています。こちらもぜひご覧ください。


今回スポットライトをあてた団体・個人

西山自然保護ネットワーク 中河 洋介さん(共同代表・左)、中川 光博さん(幹事・右) (なかがわ ようすけ、なかがわ みつひろ) さん

団体名 西山自然保護ネットワーク
代表者 宮崎 俊一、中河 洋介、槻木 勝(共同代表)
メール nishiyamanet@gmail.com
Web サイト http://nishiyamanet.sakura.ne.jp/index.html

この記事の執筆者

団体名 京都市市民活動総合センター
名前 近藤 忠裕

事業コーディネーター

Web サイト http://shimin.hitomachi-kyoto.jp/
Facebook https://www.facebook.com/shimisen


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