一期一会の縁を大切に。一歩ずつ活動していく。

掲載日:2022 年 11月 25日  


 「アバカ」という植物をご存知ですか?
 アバカは、マニラ麻とも呼ばれている外見がバナナの木に似た多年生植物です。3 年ほどで 3 ~ 5m に生育するフィリピン原産の植物で、その繊維は柔軟かつ強靭で水にも強く、重さは麻の半分以下ととても軽い素材です。日本では、「糸芭蕉」とも呼ばれています。
 フィリピンのマリオナ村では、そんなアバカをマクラメ (紐や糸を手で編み、結び目を作ることで模様を生み出していく技法) で編むことで、スリッパやかごバッグなど様々な製品を作っています。
 今回は、その製品を商品開発し、日本に輸入し販売している NPO 法人 フェア・プラスの河西 実さんにお話を伺いました。

※NPO 法人フェア・プラスは2023 年 10 月に解散しました。

このページのコンテンツは、NPO 法人 フェア・プラス 河西 実さんにスポットライトをあてその活動を紹介する記事です。

■ 明日どうなるかわからない。だったら悔いのない人生を送ろう。

 NPO 法人フェア・プラス (以下、フェア・プラス) は、発展途上国の人たちの支援と障がいを持つ人たちの支援の 2 本柱で活動しています。
 発展途上国の人たちへの支援をしようと思ったのは、商社で 30 年近く、40 か国に出張するような仕事をしている中で、発展途上国の貧しい人たちの現状を目の当たりにしたことがきっかけでした。障がいを持つ人たちへの支援については、自身が 2010 年に心筋梗塞になり手術を受け、障害者手帳を持つ当事者になったことで、障がいを持つ人たちの課題を目にする機会が増えたことがきっかけとなりました。

 発展途上国の人たちも障がいを持つ人たちも経済的な支援を望んでいるわけではなく、働いた対価として正当な報酬をもらい、自立した生活を送ることが本人たちも望むあるべき姿と考えた河西さん。「この人たちのために何とかしたい」という想いから思いついたのが、フェアトレード商品の販売と障がい者の就労支援施設が制作している商品の販売です。
 発展途上国の支援をする NGO の職員や就労支援施設の職員にとって、モノづくりや商品の仕入れ、販売は全くの専門外のことであり、商品の開発や販売ルートを開拓していくといった営業力はありません。
 そこで、そうした部分をフェア・プラスが、河西さんが商社で働くなかで身に付けた経験や知識を活かして担いましょう!ということで 2012 年にフェア・プラスを設立しました。

 設立するにあたっては、個別の課題はあったけれど、立ち上げていくこと自体への迷いはなかったそうです。心筋梗塞を経験して一度死にかける体験をしたからこそ明日がどうなるかわからないことを実感し、だったら悔いのない人生を送りたいとNPOの設立に至りました。その後も、やっていて楽しいから課題があっても頑張って乗り越えようとしてこれたのだと、お金のためではない喜びがあるのだと話していました。

■ 伝統や環境も守りながら公正な取引を行うフェアトレード

 さて、皆さんは「フェアトレード商品」と聞くとどんなものをイメージしますか?イベント会場で販売し、「フェアトレード」や「国際協力・交流」といった分野に関心のある人が買っていくものといったイメージもあるのではないでしょうか。
 関西NGO協議会が設けている基準は以下の通りです。

  1. 継続的な取引を前提とする (=持続的経済活動の提供)
  2. 環境に配慮し、持続可能な生産を前提とする (=環境の保護)
  3. 伝統的な技法、農法による生産を行っている (=伝統の保護)
  4. 生産者の自立の為のプロジェクトとして行われている事業である (=自立支援)
  5. 支援事業であると同時に、貿易事業としても収支があうものである (=「取引」の提供)
  6. 商品として一般市場に流通可能な品質のものを提供できる (=生産の質の向上)
  7. 生産者の養成、ニーズに基づいた対等な事業である (=平等・公正な取引)

 つまり、作り手にとっての公平な価格で取引をするだけでは、フェアトレードとは言えません。
 フェア・プラスでは、村の伝統や環境も守りながら一定の品質以上のものを生み出し、輸送費や人件費を支払いながらも作り手が家族と普通に暮らしていくことが出来る価格で販売する貿易事業としてフェアトレードを行っています。

■アバカのマクラメ編み製品との出会い

 フェア・プラスがフェアトレード商品として取り扱っている、アバカのマクラメ編み製品との出会いは2011年。NPO を立ち上げることを決めた時に河西さんはフェアトレードで取り扱う商品を、伝統が守られているものであり、素材にこだわっているその村特有のもので探しました。それというのも、日本から素材を持っていき、この通りやるようにと指導をするのは、河西さんの中でフェアトレードとは違うと感じたからです。
 関係を続けていくために定期的に足を運べそうな東南アジア地域で、関西 NGO 協議会や、河西さんが当時理事を務めていた団体のスタッフの力を借りながら探して見つけたのが、マリオナ村のアバカのマクラメ編み製品でした。
 取り扱うことを決めてからは現地に直接足を運んで対話をし、日本への輸入販売の交渉を行い、まずはコースターやスリッパ、サンダルの取り扱いを始めました。

 マリオナ村のアバカのマクラメ編み製品は、アバカを切り出し、しごいて取り出した繊維を編みます。繊維を取り出すのは手作業で、編むのに使用するのも机と釘だけという伝統的な技法で制作します。
 現在ではかごバッグや和装の帯のようなフェア・プラスが商品開発を行った製品も取り扱うようになり、事業が拡大してきたことで、作り手が普通に暮らしていけるような収入を得ることが出来るようになりました。今では、マリオナ村の近隣の村の人たちも「私たちも」と作り方を学び、製品づくりを担っています。

■「京都一加」さんとのご縁

 アバカのマクラメ編み製品に関して、思い出に残っていることがあるといいます。それは、着物を販売している「京都一加」というお店とのご縁に始まった帯の制作です。
 出会いは 2016 年にフェア・プラスが実施した、アバカのマクラメ編み製品の展示会でした。そこに来てくれた京都一加の担当者とたまたまお話をしたことをきっかけに、店舗でかごバッグを取り扱いたいとの申し出を受けました。その担当者とは、その後も関係が続き、最初の出会いから半年後、担当者から「アバカのマクラメ編みで帯を作れないか」という画期的な案が出てきました。そして、本職のデザイナーの協力のもと、帯の商品開発・生産や新たなかごバッグの生産に繋がっていきました。
 京都一加は残念ながら 2020 年に閉店されましたが、当時の担当者とは現在も個人的なお付き合いがあるそうです。また、一緒に商品開発をした帯は、今年別のご縁から東京で販売をした際にも大変好評となり、銀座や六本木といった感度の高い地域でも十分通用する製品になっています。

 現在、アバカのマクラメ編み製品は生産量が増え、フェア・プラスだけでは全量を取り扱うことが難しくなってきました。今はまだ、フェア・プラスを通しての販売がメインですが、将来的には、マリオナ村の人々がアバカのマクラメ編み製品を直接販売する事業に携われるようにしたいと河西さんは考えています。

■ 10 年を経て、状況は変わっていく

 フェア・プラスでは、もう一つの柱として障がい者の就労支援施設で作られたものの販売も行っています。こちらでは、日本の伝統工芸である西陣織の京組紐のブレスレットやスイーツの販売を行っています。
 しかし、こちらにも課題はあります。現在、フェア・プラス設立当初に河西さんが課題だと考えていた状況、つまり、ものづくりや販売については素人の人たちが、自分たちの力だけで取り組んでいるといった状態は改善されてきています。フェア・プラスが支援していない様々な就労支援施設でも、製品の開発に専門家の協力を仰ぐことで独自のものを企画、生産するなど工夫を凝らすようになりました。こうした中で、フェア・プラスが今後もこれまで通り就労支援施設の支援をしていくことについて見直しをするタイミングが来ているということでした。

 河西さん自身も高齢となり、最近は体調を崩すこともありますが、体調が悪いからと言って、マリオナ村との取引や就労支援施設との取引をやめることもできません。フェア・プラスの活動をどう次の世代交代にどう引き継いでいくのかも課題となっています。

■ 様々な年代、様々な分野の人たちの交流の場

 フェア・プラスでは、毎月多様なゲストを招く「ツキイチカフェ」を開催しています。現在は新型コロナウイルス感染症拡大の影響で中断されています。
 ツキイチカフェが始まったのは 2015 年 7 月。フェア・プラスではいろいろな取組みに課題が積み重なっている難しい時期でした。そのような時、フェア・プラスの理事会で話している中で「ご縁のある人たちが集まるお茶会をやらないか」という案が出ました。「ご縁のある人たちだけで集まるのではもったいない。毎回テーマを決めて集り、ゲストの話を聞いて交流するのはどうか。」という意見が出たことをきっかけにツキイチカフェが始まりました。

 その頃には、様々な人との繋がりができていたため、関わりのある人に手弁当で来てくれないかと相談したところ、次々に毎回のテーマが決まっていきました。運営も、以前から関わりのある京都造形大学の学生や、学生のボランティアや団体活動を応援している「学生PLACE+」を活用して集まった学生ボランティアが手伝ってくれました。
 ツキイチカフェでは毎回のテーマも集まる人の活動する分野もバラバラです。年齢も高校生から 60 代までと広い年齢層の人が参加しています。こうした多様な人たちの集まりから、隣の席の人との交流をはじめとして、ツキイチカフェをきっかけとする繋がりが生まれていきます。

■ 課題にあたっても一歩一歩活動を続けていく

 フェア・プラスは今年設立 10 周年を迎えました。これまでを振り返ると、個別にはいろいろな苦労があったそうです。
 最近ではコロナ禍です。取引先が休業に追い込まれたことで取引が途絶えたり、マリオナ村の方でもロックダウンの影響で働けなくなり、日々の食料も購入できないといった事態が発生しました。フェア・プラス自体も存続の危機に立たされました。
 しかし、その中でもマリオナ村へは募金やクラウドファンディングを募って、食料などの必要な物資を届けたり、助成金を活用することで団体を存続させたりと、困難にぶつかった時はいつも、それをどう乗り越えていくか工夫をしながら活動してきたそうです。

 「この 10 年間、目の前にある課題を何とか乗り越えていこうと一歩ずつ活動を続けてきた」と話された河西さん。現在が一番多くの課題に当たっていると言いますが、今後もこれまで通り一歩一歩活動を続けていくそうです。

 河西さんのお話の中でとても印象に残ったのは、「出会う人それぞれにしっかりと向き合い、ご縁を大切にする」ということです。
 河西さんは一期一会で出会ったそれぞれの人と、ご縁を大切にするという気持ちで関わります。お願いできることがありそうだから相手を大切にするのではなく、自分の立場ばかりを考えるわけでもなく、ただ、相手について理解することを大切にします。
 プロのデザイナーと知り合う機会をどこで作るのか、よく聞かれるそうですが、特別なテクニックを使っているわけではないと河西さんは話します。ご縁が繋がった人を大切にして一人一人に向き合い、その結果として何かあったときにお互いが「あの人にお願いしてみよう」「何か協力をしよう」という関係になっていくそうです。

 「出会い、話すことで共感すること」それ自体がすごい収穫であり、幸せなことなのだと話していました。

 自分ばかり主張をするのではなく、相手を尊重し、相手にきちんと向き合うことは当たり前のことかもしれません。しかし、それを丁寧につみ重ねてきた結果として様々な人とのつながりができていたり、フェア・プラスの活動にもつながっていったのだと感じました。


今回スポットライトをあてた団体・個人

NPO 法人 フェア・プラス 河西 実 (かさい みのる) さん

1976 年 東京大学卒業
1976 年~ 2002 年 大手商社に勤務し、航空宇宙ビジネスに携わる
(在職中、ニューヨーク7年駐在、世界 40 か国を訪問)
2002 年~ 2003 年 大阪ボランティア協会職員
2003 年~ 2010 年 ベンチャー企業社長
2010 年 心筋梗塞で手術を受け、障害者手帳を取得
2012 年~ NPO法人フェア・プラスを立ち上げ、現在に至る

※ 個人の肩書や所属する団体は、執筆時点 (2022年11月) の情報です。

団体名 NPO 法人 フェア・プラス
団体について

 フェア・プラスは、障害のある人たちや途上国の貧しい人たちの自立促進のため、関係する個人・団体が思いを共有するとともに、事業を協働することにより経済的な循環を実現していくことが不可欠と考え、2012 年 6 月に設立されました。
 フェア・プラスは、これを推進するために、分野の壁を乗り越えて幅広い市民団体が連携し、またセクターを越えて行政、企業、大学との連携を図り、活動しています。
 フェア・プラスは、デザイナーなどの専門家の協力を得て、当事者の人たちが、各々の強みを生かして、市場で認められる製品作りを行い、働きがいのある仕事を作り出すことに取り組んでいます。


この記事の執筆者

団体名 京都市市民活動総合センター
名前 久内 美樹

事業コーディネーター



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