生きる力にアクセス

掲載日:2023 年 2月 24日  


認定 NPO 法人アクセス-共生社会をめざす地球市民の会(以下、「アクセス」)は、フィリピンで貧困や人権侵害に直面する子どもや女性を対象に、「子どもに教育、女性に仕事」を柱とした活動をしている国際協力団体です。
今回の NPO スポットライトでは、今や、京都を代表する NPO 法人のひとつとなったアクセスの新理事長となる、野田沙良(のだ さよ)さんを紹介します。

事務局長としてして「アクセスらしさ」を磨き上げてこられた野田さんの「これまで」と、新理事長として目指す「これから」のビジョンにスポットライトをあて、“筆者(土坂のり子)の視点” より、アクセスの支援の本質に迫りたいと思います。

このページのコンテンツは、認定NPO法人アクセス-共生社会をめざす地球市民の会 野田沙良さんにスポットライトをあてその活動を紹介する記事です。

アクセスは、シュークリームで知られたお菓子メーカー「タカラブネ」の社会貢献活動として、1988年に設立*注 1されました。CSR や SDGsなどの概念がほとんどなかった当時の状況としては、異色の設立経緯です。長年、伏見区深草に事務所を置き、フィリピンでは農漁村部と都市スラムにおいて支援活動を行ってきました。

*注 1 1988 年は、現アクセスの前身となる「京都・アジア文化交流センター」が設立された年。

アクセスの特徴

アクセスでは、貧困や人権侵害に苦しむフィリピンの女性や子どもが、同じ境遇にある人や地域住民、さらには日本に住む応援者など、様々な人と協力して困難を乗り越えていけるように、「生きる力・変える力」を伸ばすことを重視しています。
具体的な活動の柱は、次の 3 つです。

  1. 貧しさのために小学校を卒業できない子どもたちが大勢いる地区における、子どもへの就学サポート(奨学金など)事業
    この取組みは、多くの日本人サポーターの継続的な寄付によって支えられています。さらに、子どもと大人双方に対し、「子どもの権利*注 2」について意識を高めてもらい、虐待をはじめとする権利侵害のないコミュニティづくりを進めています。

  2. 「貧困から抜け出したい、でも働き口がない」という女性や若者に、地域でできる仕事のチャンスを提供するためのフェアトレード事業
    ココナッツ雑貨やアクセサリー、グリーティングカードなど、温かみのあるかわいい雑貨が主力商品です。フェアトレード商品の販売には、後述のスタディツアーに参加した学生や社会人がボランティアとして関わっています。

  3. 日本の人々に貧困の現状や構造について伝え、グローバルな社会課題を「自分事」ととらえて行動するよう働きかける啓発事業
    アクセスが実施するフィリピンのスタディツアー*注 3には、これまでになんと 1000 人以上が参加。貧困地区にホームステイをしながらフィリピンの現実を体感するだけでなく、貧困の原因や構造に目を向けることで、参加者が自身の生き方と向き合い、生きることへの眼差しが変わるような濃密なプログラムになっています。

*注 2 「児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)」は、子どもの基本的人権を国際的に保障するために定められた条約です。18 歳未満の児童(子ども)を権利をもつ主体と位置づけ、おとなと同様ひとりの人間としての人権を認めるとともに、成長の過程で特別な保護や配慮が必要な子どもならではの権利も定めています。(公益財団法人 日本ユニセフ協会HPより一部抜粋)
*注 3 スタディツアーとは、主に途上国で NGO が活動する現場を視察したり、ボランティア活動などを行う旅行のことで、体験学習や現地の人々との相互理解を目的としています。あまり観光客が訪れないような地域を訪れることも少なくありません。 体験プログラムやホームステイなど現地の人々と直接交流する機会が設けられていることが多く、スタディツアーの魅力の一つといえます。( NPO 法人関西 NGO 協議会 HPより一部抜粋)
就学サポートを提供している子どもたち

アクセスの魅力

私からみたアクセスの魅力は、なんといっても、一方通行の支援ではなく、フィリピンの貧困問題と日本に住む私たちのライフスタイルや生き方をリンクさせる、双方向の支援スタイルです。

フィリピンの貧困地区に住むひとりの女性が抱える問題は、極めてプライベートな問題でありながらも、その背景にはフィリピンの歴史文化や状況があり、さらには資本主義の構造的な問題があります。だからこそ、自身の問題に向き合うとともに、構造的な問題とも向き合うことが必要となるのです。貧困の問題に限らず様々な問題に同様のことがいえます。

「個人的なことは政治的なこと」という言葉は、フェミニズム運動のスローガンとして知られていますが、このような構造を理解した瞬間に、人は、まさにパズルのピースがハマったような、ようやく自分のやるべきことが見えたような感覚になるのではないでしょうか。

アクセスは、例えばスタディツアーに参加したことにより、フィリピンに暮らすひとりの女性の問題を「自分事でもある」として捉えた大学生に、ボランティアとして活躍する場を提供してきました。フェアトレード事業はまさに、アクセスの「双方向の支援スタイル」を体現したものです。フィリピンの人々、そして日本に住む人々、関わりあった両者の力を最大限に引き出すことで、アクセス自身も成長してきたのです。

それぞれの立場の違いを受入れながらも、ともに憂い、ともに悲しみ、ともに希望を見出し、ともに歩き出す活動スタイル=「アクセスらしさ」が、多くの人々の気持ちを揺り動かし、共感が広がってきたのではないかと感じます。

フェアトレード製品の生産者の女性

「アクセスらしさ」のキーパーソン

この「アクセスらしさ」に磨きをかけ、多くの人から愛されるアクセスへと発展させてきたキーパーソンが、野田沙良(のださよ)さんです。
2011 年から事務局長としてアクセスを牽引してきました。協力者や過去のスタディツアー参加者には、彼女を「沙良(さよ)さん」と呼び、慕う人も大勢います。

野田さんは、龍谷大学国際文化学部 4 年時にアクセスのスタディツアーでフィリピンを初訪問。卒後業後、2年の企業経験と、アクセスフィリピン事務所での 2 年間のボランティア経験を経て、2007 年に日本事務所の常勤職員となりました。

実は野田さんと私の出会いは、2002 年の初秋。
ちょうど野田さんがフィリピン初訪問から帰国した頃でした。「企業への内定が決まったけれど、国際協力の道も諦めきれない」と語った野田さんの姿が脳裏に焼き付いています。
縁あって20 年にわたり、同じセクターで働く同世代・同性の “ご近所さん” として、私は野田さんの奮闘ぶりを垣間見てきました。

日本の国際協力団体は資金的に脆弱であることも多く、事務局職員には、専門的な国際支援に関する能力はもとより、語学力を含む高いコミュニケーション力、観察・分析力、実務(事務)能力、情報発信力、人々の共感を得る能力など、様々なスキルが求められます。
2007 年当時のアクセスにとって、常勤職員の雇用は「清水の舞台から飛び降りる」ほどの決断であったのではないかと想像されます。そして野田さんもその思いに応えたい、応えなければ、と大きなプレッシャーを日々抱えながら、仕事をされていたように思います。

学生時代(4回生)の野田さん

さらに、2012 年に事務局長に就任し、組織基盤の整備や資金調達、広報、チームビルディングなどの運営課題から、プロジェクトの終息や新規立ち上げなど、支援の在り方に関する課題まで、野田さんは様々な問題に絶え間なく立ち向かわざるをえませんでした。

この頃私は京都市市民活動総合センターで勤務し始めており、野田さんがアクセスの組織課題解決に、ひとつひとつていねいに向き合ってこられた様子を、よく覚えています。同様の課題を抱える NPO・市民活動団体向けの講座に、事例発表者として協力いただいたこともありました。

その努力が功を奏し、2016 年には認定 NPO 法人*注 4として京都市の認定を受けます。さらに2017年にアクセスは、京都オムロン地域協力基金より「ヒューマンかざぐるま賞」を、(公財)社会貢献支援財団より「社会貢献者表彰」を受賞しました。

今「アクセらしさ」とよばれるものは、時に悩みもがきながら、時に楽しみながら、この時期に野田さんが当時の理事やスタッフ、ボランティアとともに、創り上げてこられたものなのです。

*注 4 認定NPO 法人とは NPO 法人のうち “一定の基準を満たしている” と所轄庁が認めた法人のことです。所轄庁に “認証” された NPO 法人が “基準を満たしている” ことを“認定”されることによって認定 NPO 法人へのステップアップします。(NPO 法人シーズ市民活動支える制度をつくる会「認定とろう!NET」より抜粋)
アクセスの取組を多くの人に伝えるトークライブの様子

弱さと不安定さを受け入れる強さ

しかし野田さんは、いわゆる「バリキャリ女性」ではありません。彼女にはハイテンションで活動的な躁状態と、憂うつで無気力なうつ状態、その両極端な状態をいったりきたりする「双極性障害」という持病があり、自身の不安定さとも向きあってきた日々でした。

アクセスで働き始めてからの状況を野田さんは次のように語ります。

「頑張りすぎた反動で鬱になる時期がどうしてもやってくるんですが、今から 15 年前に強烈な鬱状態になった時期があって・・・。そこから 6 年間ぐらいは頻繁にアップダウンを繰り返していました。

メンタルクリニックに通院しても、そのしんどさは薬じゃあ治り切らないんですよね。例えば一番ひどかった時がマイナス 10 だとしたら、薬を飲んでマイナス 7 とか 6 ぐらいには戻る。けれど 0 にはならないんです。
さらに 6 年 7 年かかってようやく、自分との付き合い方がわかってきたました。」

3~4 年前から野田さんは意識的に、自身がどのような生きづらさを抱えてきたのか、様々な場で発信をしてこられました。

「弱っちゃう自分がすごい嫌でした。 なんで強く生まれなかったんだろうって思ったし、今でも時々、パワフルに生きてる人に嫉妬するんですよね。国際協力してる人たちってパワフルでキラキラしてる人が多いですし。でも、体力やメンタルが弱くても、弱いながらにできることはある。 だから、弱さもともに表に出して活動する人であろうと、数年前から心がけるようになったんです。」

野田さんが発信するのは、自身の病気のことだけではありません。ジェンダーや差別問題、さらに政治問題についても、「異なる考え方の人はいるけれど、私はこう思う」と、時に清々しく、時に悩みながら、発信されています。
そんな彼女の姿勢に共感する人が、増えているように感じます。

アクセスが 2021 年から使い始めたキャッチフレーズ「生きる力にアクセス」には、「アクセスらしさ」とともに、「野田さんらしさ」が端的に表現されているように感じます。そもそも何を「生きる力」とするかは時代や文化によっても異なるかもしれませんが、野田さんは、次の 3 つの力を伸ばすことこそが、アクセスの役割だと伝えています。

  1. 自分の意見を持つ力

  2. その意見を持って対話や議論をする力

  3. 対話や議論を踏まえて行動をする力(変えるためのアクションを起こす力)

その 3 つの力は何よりも、野田さん自身が生きるために必要だと感じてこられたことであり、国を問わず不安定さを増す今の時代を生きる人々が、欲している力だともいえるのではないでしょうか。

スタディツアーのある参加者は「毎日が成長、毎日が気付きだった」と語った。

決意の理由

そんな野田さんが、2023 年の 4 月、いよいよアクセスの理事長に就任されます。
事実上アクセスを牽引しながらも、これまでは理事兼事務局長というポジションを守ってこられましたが、これからは名実ともに「アクセスの顔」となるのです。この決断をするまでに、野田さんにどのような葛藤があったのでしょうか。

「長年活動に関わってきて、今が一番アクセスの活動が充実してると感じているんです。
以前に関わってくれていたある会員さんが『最近アクセスすごい盛り上がってるね』と言ってくださったり、外部から見てもアクセスは充実してるように見えているように思います。
実は 2020 年のアクセスは、コロナ禍の影響で存続危機の状態にあったんです。スタディツアーが開催できず、あらゆるイベントが中止になったことによってフェアトレード商品の販売も落ち込み、収入が大幅に減りました。本当にやばい、もう潰れるかもという時に、皆さんから 700 万円以上の寄付をいただいて危機を乗り越えさせてもらいました。
その応援と協力があったからこそ、今の盛り上がりがあると思っています。そして同時に、新しい課題に直面しているとも感じるようになりました。」

現理事長はすでに 80 歳を超えており、今抱えている新しい課題を乗り越えるためにはそろそろ自身が本気を出さなければと薄々思う反面、やっぱり自分には理事長は荷が重いと迷っていたと、野田さんは語ります。

「最近社会人ボランティアとして関わってくれる人がすごい増えてきたんです。その人たちといろんな意見交換をしながら活動していく中で、『私一人で荷を背負わなくてもいいのかな』と思えるようになってきたんです。
『みんなで話し合いながら、力を借りつつやっていけばできるかも』と思えたことが、理事長就任を決意した最後の一押しだった感じがします。」

アクセスの新しいビジョン

野田さんが描いているアクセスの新しいビジョンでは、活動を貫く軸として「安心できる場をつくる」ことを挙げています。「生きる力」を獲得するために、まずは安全な環境を整えようとするものです。

「例えば、フィリピンの支援地域で子どもが虐待されている状況があった場合、子ども自身には SOS を出せる環境を、地域の大人には『虐待はダメだ』と指摘するだけでなく、『体罰しない子育てをするにはどうしていったらいいんだろう』と話し合える環境や関係性をつくることが大切だと思っています。
同時に、フィリピンのために何かしたいという思いを持った日本のボランティア同士が、場の空気を読んで意見を言わなかったら、いい活動なんてつくれない。
だから本音で語り合っても大丈夫な空気や関係性をアクセスの方で用意する。
そういうのがアクセスらしさなのかなって思っています」

野田さんがまず取り組もうとしているのは、最前線で自身とともに目線をそろえてこのビジョンの実現を目指すチーム作りと「右腕」の獲得。そのための資金調達です。

今、フィリピンの物価はどんどん上がり続ける一方で、円安が重なり、たとえ同じ活動でも去年より多くの資金が必要となっています。物価高に対応しながら質の高い活動を維持するためには、フィリピンで雇用している現地職員の人件費も見直さなくてはなりません。
しかし、ひとりで何役もこなす野田さんには、資金調達に本腰を入れて取り組む時間が足りません。だからこそ、いつも野田さんのそばにいて、日々の活動の流れ見て、文脈を理解した上で、課題への対応を一緒に考えてくれる人が、もう 1 人必要だと感じているそうです。

すでに「右腕」に立候補している人は 6 人いるそうですが、問題はここでも資金です。野田さんが雇用された時と同様、「右腕」を新しく採用するには、再び「清水の舞台から飛び降りる」ような覚悟が必要です。

アクセスの事務所でインターンたちとともに

周りに支えてもらう理事長になる

野田さんは、この課題にひとりで立ち向かうのではなく、多くの人と想いを共有しながら挑もうとしています。

2 月 4 日に開催されたオンラインイベント「次期理事長・野田が語るアクセスの新ビジョン」では、「資金は集められそうか」という進行役からの質問に、「やっぱりドキドキします。でもね、踏み出さなきゃいけないチャレンジだし」と、不安な気持ちを隠さず、けれど、笑顔で答えていました。そして、30 人を超える参加者向かって、新たに構想した様々なチームへの参加を呼びかけました。

「職員も理事もボランティアもインターンも、『生きる力・変える力を伸ばす』という共通の目標のもと、同じ方向を向いて頑張ってる感じがする。そのことがすっごく嬉しくて、ここで働かせてもらえてありがたいととても感じているんです。
フィリピンのお父さんやお母さんたちにも、生活の苦しさやいろんな悩みがあるけれど、同じ状況にある人たちと話し合って助け合っていけば自分たちで解決していけるんだっていう風に実感してもらいたい。

そして、日本のボランティアやインターンの若者たちにも、自分が無力じゃないんだってことを実感して欲しいです。
少しの寄付をするだけでも誰かの未来を変えていけたり笑顔にできる。貧困をなくしたいという同じ思い持った人と協力すれば、貧困ってちょっとずつだけど減らしていけるんだということをぜひ体感して欲しいです。」

みんなが集える場所、みんなが話し合いに参加できる場所、一人じゃできないことでもみんなと一緒だったらできる、そういう場を整えてみんなのアクションを巻き込むことこそが、自身の理事長としての役割だと語る野田さん。
その思いの源には、自身の生きづらさや不安定さと常に向き合ってきた彼女の半生が、大きな糧となっているように感じます。

<人は弱い。でも、だからこそ、その弱さを「今を変えていく力」へとつなげることができる。>
私は彼女からそんなメッセージを受け取りました。

それぞれの立場の違いを受入れながらも、ともに憂い、ともに悲しみ、ともに希望を見出し、ともに歩き出すアクセスの活動スタイル。

「大きな団体になることは目指していない、
支援する国を広げることも目指していない。
ただ、人と人との関係性が豊かな社会をめざしたい。」

新理事長野田沙良さんの最終ビジョンは、とてもシンプルで、そして、とてもカラフルです。


今回スポットライトをあてた団体・個人

認定NPO法人アクセス-共生社会をめざす地球市民の会 野田沙良 (のだ さよ) さん

事務局長(2023年4月より理事長に就任予定)

1980 年生まれ。三重県出身。 2003 年龍谷大学 国際文化学部卒。
高校時代に国際協力に関心をもつ。大学 4 回生の時に、フィリピンの貧困問題に取り組む NPO 法人アクセスと出会い、ボランティア活動を開始。
現在は、同法人の事務局長を務める。(2023 年 4 月より理事長に就任予定)
フィリピン現地でのプロジェクト運営は信頼できる現地スタッフに任せながら、自身は日本で、フィリピンの貧困の現状やその原因について伝える活動に注力。特に、日本の若者を対象としたスタディーツアーやインターンシップを通して、社会課題を自分の手で解決していく体験を届けている。

※ 個人の肩書や所属する団体は、執筆時点 (2023年2月) の情報です。

団体名 認定NPO法人アクセス-共生社会をめざす地球市民の会
代表者 新開 純也
所在地 〒612-0029 京都市伏見区深草西浦町8丁目85-4
電話 075-643-7232
FAX 075-643-7232
メール office@access-jp.org
Web サイト https://access-jp.org/
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Youtube https://www.youtube.com/user/accessjapanmovies

この記事の執筆者

名前 土坂のり子

京都市市民活動総合センター 副センター長



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