地域と高校・大学が協働、鞍馬山の豊かな森を次世代につなぐ

掲載日:2020 年 12月 25日  


天狗が棲むと伝わり、悠久の時を刻んできた鞍馬の山。時代祭の夜に京都三大奇祭の一つに挙げられる「鞍馬の火祭」が行われるほか、国内外から大勢の観光客を集める、京都を代表する観光地でもあります。

しかし、2018 年 9 月に京都を直撃した台風 21 号は、鞍馬山の森に甚大な被害を及ぼしました。京都市街と地元をつなぐ重要な交通インフラである叡山電車もいまだに復旧ならず、運行を停止したまま。加えてコロナ禍の影響もあり、今この地にかつての賑わいは失せ、ひっそりと静まり返っています。

叡山電車鞍馬線沿線から見た鞍馬山の惨状

こうした中、自分の生まれ育ったこの地域や山を次世代につなぐため、森の再生に立ち上がった人がいます。高校や大学と協働する他、鞍馬寺や叡山電鉄をはじめとする地元の企業にも協力を仰ぎ複数のプロジェクトに取り組んでいます。

今回は叡電鞍馬駅舎で行われたイベント会場を訪ね、立ち上げ人である「鞍馬 明日に向かって」の代表 豊嶋 亜紀さんにお話をうかがいました。

このページのコンテンツは、鞍馬 明日に向かって 豊嶋 亜紀さんにスポットライトをあてその活動を紹介する記事です。

鞍馬街道沿いの山腹を見るだけでも、鞍馬山の森林被害の規模の大きさがうかがえます。これまで山に関わる仕事に携わってきたわけでもない豊嶋さんが、この森の再生に取り組もうとされたきっかけは何だったのでしょう。

あの 2 年前の台風 21 号が京都を直撃したとき、自宅裏山の杉の大木が音を立てて裂けていきました。まさに生木を裂くものすごい音に私はしばし茫然自失しました。鞍馬山全体では五千本に上る木が倒れ、すっかり変貌したその姿に、地元で育った者として、まるで故郷を失ったかのような喪失感を覚えました。

鞍馬山の山林被害だけではなく、停電や土砂崩れによって叡電鞍馬線も運行停止しました。叡電は 2 年以上たった今もまだ止まったままです。また、今春にはコロナ禍の拡大による学校の臨時休校も重ねて起こり、今の子どもたちは、これまで何十年間にも起こらなかったようなことをわずか半年間で一度に経験することになりました。ただでさえ高齢化が進み、人口も減少しているこの地域に、さらに相次ぐ災害の中、子どもたちに将来ここに残ろうという気持ちをどう起こさせるか。

なんとか、この先 50 年経っても鞍馬の良い部分を残し、彼らの心の中に故郷の姿として描けるようにしてあげたい。また私自身の心を培ってきた原点である鞍馬山への恩返しもあります。そんな気持ちが今の活動を始める動機でした。

どのような活動をされているのでしょうか

3 つのプロジェクトを計画しています。ただ、今年はコロナ禍の影響で作業やイベントの実施を制限せざるを得ない状況となっており、一部、未着手の取組みもあります。

  1. 地域や山にあった苗木の植樹、鞍馬山の木の種拾いイベント
  2. 鞍馬山独自の森林再生実験(植樹イベントと観察会)
  3. 鞍馬山の風倒木を活用した積み木のワークショップ

1. では季節ごとに実る樹木の種を採取し、純粋に鞍馬山育ちの苗を育てていこうとしています。同じ種類の樹木でも地域が変わると遺伝子までが異なるという繊細な世界だと言います。
健康な森を育てるには、その土地、水にあった苗木(地域性苗木)を植えていくことがふさわしく、そのためにはその土地で育った樹木から採取した種を育てていくことが必要です。
そこで、そのことを理解して継承していく人づくりとしての意味も込めて、地元の園児や学童にも手伝ってもらって、苗木の植樹に取り組んでいます。

山桜の古木から採取された種子

2. では鞍馬山の森林の再生実験に取り組んでいます。森林の再生には植樹とともに、やはり自然に地表に落ちた種から発芽した苗木が育つ環境を保護することも必要です。せっかく芽生えた若木が鹿などの動物に食べられてしまうことを防ぐために防鹿柵を設置するなどの取組みを専門家の指導を受けながら行っています。
また、本来であれば、北稜高校の生徒さんや地域内外の子どもたちにも参加してもらう計画だった、再生実験の場とした森の観察会ですが、コロナ禍のために規模を縮小して、鞍馬山学問所と共同で行う予定です。

3. では叡電鞍馬線沿線にある京都精華大学建築学科や府立北稜高等学校の先生や学生さん、地元の製材会社などの協力を得て、風倒木を利用した積み木やブロックを製作し、これを使って子どもたちが作品を制作したり、「ひみつ基地」を作ったりしています。
鞍馬山の森林の多くは、人工的に育てられた樹木ではなく、実生という、種から育った樹木で形成されています。これらは本来、材木として市場に出るものではなく、大変貴重なものなのですが、風倒木の一部はすでに腐朽が始まっており、早急に利活用しなければ朽ちてしまいます。
この活動を通して、製作協力いただいた大学や企業の皆さんには風倒木被害の現状を啓発するとともに、風倒木も地域資産として活用して、さまざまな人々の交流や地域の活性化につなげていきたいと考えています。

樹齢400年以上の風倒木。目が細かく、香りもよい、プロも絶賛する逸材。

今日(12 月 12 日)は閉鎖中の叡電鞍馬駅舎を借りて、作品の制作や展示などのイベントを実施されました。

昨年に引き続き叡山電鉄さんのご協力を得て、現在は閉鎖している鞍馬駅の駅舎を会場に使わせていただきました。新型コロナウイルス感染拡大防止のため、人数制限や入念な感染防止対策を取ったうえでの実施となりました。
会場にはプロジェクトに協力いただいている京都精華大学建築学科の葉山教授と学生さんが風倒木を使って制作したイスなどの木工作品、北稜高校の生徒さんたちの取組みのパネル展示などを行うとともに、中に入って瞑想体験ができる、木のブロックで作った「ひみつ基地」を置いたり、積み木で自由に制作できるワークショップを行ったりしました。
こうしたイベントを通じて、最初は何する人ぞといった風に私を見ていた地元の人もだんだん関心を寄せてきてくれるようになりました。叡電さんも今では、向こうから会議をしようと言ってきてくださいます。今日は、社長さん自らが机運びを手伝ってくださっています。

マイクを持つのは、鞍馬寺執行(しぎょう)の信楽さん。その右側は叡山電鉄社長の豊田さん。左側は一人置いて二人目に京都精華大学建築学科教授の葉山さん。皆さん、イベントに尽力されています。

自分の作品を展示していた建築学科の学生さんによると、普段、建築学科では建物の模型を作ることはよくあるが、こうした木工作品を制作するのは初めてのことで、とても楽しく、良い経験だった、ということでした。
また、当日は主催者として、北稜高校の地域活性化プロジェクトを率いておられる松原先生と、先生が顧問を務める天文地学部のメンバーが参加していました。高校生も普段の学習は教室で行われるものばかりで、なかなか地域との関係性を築くことが難しいところ、地域の課題をテーマに、校外に出て地域の人と連携して取り組むフィールドワークは従来の学校教育の枠に収まらない教育機会として、貴重な経験になっているようでした。

北稜高校 地域活性化プロジェクトのポスター 活動に取り組む先生と生徒の皆さん
左:鞍馬駅で行われたワークショップの様子 大学生、高校生も大活躍  右:高校生の指導にあたる松原先生
風倒木ブロックから作った「ひみつ基地」と、積み木作品に取り組む子どもたち

インタビューでは、まさに言葉がほとばしるという印象。一緒に活動に取り組む人たちは誰しも、まずはこの人の熱い語りかけに心動かされたのではないかと思うほど。かつてはマスコミでディレクターをされていたとうかがいましたが、初任地となった局で阪神淡路大震災を経験し、発生初日から現地に入り、ボランティアの人たちの活動をリポートしたり、自身も被災者の子どもたちに紙芝居をしてあげたりといった経験をお持ちということでした。

そうした経験が、今、自身の故郷の姿を変貌させてしまった災害からの復旧、そして鞍馬山とともにある人々の暮らしやつながりを守り、子どもたちの世代に伝えていこうと行動する力を支えているのかもしれません。

「寝る時間も忘れて倒れそうになるまで没頭してしまう、もっと長続きするやり方をしなくてはいけないんです」と、自戒を込めながら先への意気込みを語る豊嶋さん。

そう、悠久の年月を経てつくられた森の話です。一歩一歩気長に取り組んで、次の世代に引き継いでいってください。


今回スポットライトをあてた団体・個人

鞍馬 明日に向かって 豊嶋 亜紀 (とよしま あき) さん

代表

団体名 鞍馬 明日に向かって
代表者 豊嶋 亜紀
メール k.asnimuk@gmail.com

この記事の執筆者

団体名 京都市市民活動総合センター
名前 近藤 忠裕

副センター長

Web サイト http://shimin.hitomachi-kyoto.jp/
Facebook https://www.facebook.com/shimisen


上へ