暮らしの中で、女性に寄り添い続ける

掲載日:2020 年 11月 27日  


政府や地方自治体の相談窓口に寄せられた DV の相談件数は、コロナ禍で 1.4 倍~ 1.6 倍に増えています。外出自粛で在宅時間が長くなる中、生活不安やストレスなども重なり、家庭内で問題が起こりやすくなっているのです。
政府もこの事態を重く受け止め、「男女間暴力対策課」を新設したり、DV 被害者が電話で相談しやすくするため、覚えやすい 4 桁の全国共通短縮ダイヤル「#8008(晴れれば)」を開設しています。

京都市でも、女性の約 3 人に 1 人が、配偶者やパートナーから暴力を受けた経験があると答えています。しかし、行政や民間の相談窓口につながる人は少なく、窓口の存在を知らない人も 3 割以上存在します。また、相談につながったとしても、心理的・経済的に、状況を変えられない・変えたくない女性が多いのも現実です。

11 月は「パープルリボン月間」。パープルリボンとは、女性に対する暴力を根絶するシンボルマークのことです。そこで今回は DV や虐待等により、何かしらの生きづらさを抱える女性の支援を行う「暮らしのコツ研究所」を立ち上げた瀬端万起さんにスポットライトを当てました。

このページのコンテンツは、NPO 法人暮らしのコツ研究所 にスポットライトをあてその活動を紹介する記事です。

NPO法人暮らしのコツ研究所は、「はたらく・まなぶ・つながる・はなす・ひろめる」の 5 つの事業を軸に、「日々の暮らしの中で女性をサポートする」ことを目指し、2019 年 10 月に取組みをスタートさせました。今はさまざまな暴力等のためにトラウマを抱える当事者の方たちに、支配ー被支配の関係や対処法、自分自身のケアなどについて学んでもらう連続講座を実施しています。立ち上げ早々にコロナ禍に見舞われ、活動展開にブレーキがかかりましたが、2021 年の春ごろに、働くことを通して自分と向き合えるような事業所の開設に向けて動いています。

相談員として働く中で感じたもどかしさ

瀬端さんが「暮らしのコツ研究所」の立ち上げを思いついたのは、行政の女性相談窓口で相談員をしていた 2018 年のこと。日々面談や電話相談をしている中で、DV 等さまざまな暴力に悩む女性たちの「この時間だけ」「今日だけ」離れたい、というニーズがよくある一方で、「頼れる知人や実家あるいはお金のある人はホテルに行ってみてはどう?」などの提案をするしかありませんでした。
なぜなら、公的なシェルターで緊急支援を受けるには、一旦逃げて戻った後のリスク等を考え、加害者から離れる気持ちがあるかの確認をすることになるからです。日頃、加害者の考えを常に優先せざるを得ない状況の本人からすると、自分がどうしたいかを明確に意思表示することは簡単なことではないですが、「どうしたらいいか迷ってます。」では、公的シェルターの利用は難しいのが現状です。
でも、DV を受けている当事者が、暴力をふるう加害者から逃げる覚悟を決めるのはパワーとコントロールの影響のためにとても難しく、アメリカでは「 “逃げては戻り” を 7 回繰り返す」と言われているそうです。

そんなとき、同僚との話の中で「一時的に行けるような場所、そしてそこには情報があって何も言わなくても何となくわかってくれるような場所があればいいね」と話しが膨らみ・・・。瀬端さんは、「相談の仕事は大事な仕事だけど、私は場所を作っていく仕事の方が自分にはあっているのではないか」と感じたそうです。その後、ご縁があって別団体のお手伝いをしながら「暮らしのコツ研究所」を立ち上げました。

もともと、こころの病気を持つ女性限定の就労支援施設で施設長をしていた瀬端さん。ウェディングや卒業式といった「ハレの日」用のつまみ細工の髪飾りやセンスのいい布ポーチ、遊び心のある七宝焼きのアクセサリーの商品開発&ブランド化に成功。福祉という枠を超え、愛される商品を生み出してきた経営者でありながら、ひとりひとりの女性にていねいに向き合う臨床心理士・公認心理師でもあります。
瀬端さんのそんな両面は、第一印象からも感じることができます。柔和で親しみやすい雰囲気を醸し出しながらも、凛とした空気をまとう、不思議な存在感。「ゴッドマザー」と呼びたくなるような頼もしさも感じさせます。

2 つの現場を経験することで見えてきたこと

長年女性支援の現場で働いてきた瀬端さんですが、初めから「女性支援に関わりたい」という希望はなかったそうです。
「たまたまご縁があって働いた場所が、こころに病気を持つ「女性」に特化した就労支援施設だった」と語る瀬端さん。そこを辞めた後に女性の分野での相談員になった理由を尋ねると、「当初は子ども分野での仕事を希望したのですが、『その経歴では使いづらい』と面接で言われ、『むしろこちらの方が』と第二希望であった女性分野の相談員になったんです」と笑い話のように答えてくれました。

自分が希望したことではなかったけれど、瀬端さんは女性支援の 2 つの現場を経験することで、あることが見えてきた、と言います。それは、DV や虐待の分野と精神科医療や看護・福祉・障害等の分野がつながっていない、という現実。
DV や虐待を受けたことが原因となって、精神疾患や障害を引き起こすこともあるため、これらの分野は、本来、緊密な連携が必要なはずです。さらに、それぞれの分野で働く支援者ひとりひとりが、異なる分野の支援について理解できてはじめて、必要かつ有効なサポートができます。
連携がうまくいっておらず、支援員の専門性にもバラつきがある現状では、ときには支援を届けることすらできない場合もあり、結果的にさらなる DV や虐待が起こりえるのです。

瀬端さんはこの課題に気づいたとき「障害や精神医療等の分野とDVや虐待の分野をつなげていくのが、私のライフワークになるのだ」と感じたそうです。
さらに、強く感じたことが、「DV から逃げられたとして、その後の支援はどこがするのか?」という課題。DVや虐待等から逃れたとしても、当事者は大なり小なりトラウマによる身体的・精神的症状を抱えながら、新たな土地で新たに生活を再建していかざるを得ません。そうした離脱後の継続的な支援の必要性は明白ではあるものの、未だ、そのような支援はほぼ無いのが現状だそうです。

「人は、何があっても暮らしていかなければならないんです。だからこそ、毎日会って、日々の様子を五感を働かせて感じ取り、何気なく声をかけ、生活の中で少しでも生きづらさが解消されるようサポートをしていく。働くことをベースに気づきをえて楽になっていくことの尊さを、再実感しました」
就労支援施設、公的な場での女性相談員、民間団体の運営サポートなど、異なる分野を経験してきたからこそ、見えてきた「大切なこと」。それが「暮らしの中で、寄り添い続ける」ということでした。

「暮らしのコツ」という団体名には、瀬端さんのそんな経験や思いが凝縮されているのだとか。

傷ついた出来事、病気や障害に対する思いや葛藤 「○○が無かったら…」など「たら、れば」の思いや葛藤など
誰にでも大なり小なり何かしらの大変さや生きづらさはあります
それでも人生は続くのです
代表者自身が精神疾患をもつ女性たちと長年ともに歩んできた中で気づいたこと
それはいろんな思いや生きづらさと折り合いをつけながら
生きていく、生活をしていく、暮らしていくためには
「コツ」をつかむことが大切なことであるということでした
会話のコツ、人付き合いのコツ、不調を乗り越えるコツ 手際よくするコツ よりよく生きるためのコツなど
何をするにもコツをつかむことで よりよく暮らすことができるのではないか
そんな思いから「暮らしのコツ研究所」と名付けました。

暮らしのコツ研究所 HPより

みんなで考える、協力しあう

瀬端さんの経験と想いがたっぷり詰まった「暮らしのコツ研究所」。ですが、瀬端さんは「暮らしのコツ研究所は、自分のモノではない」と言い切ります。
「団体を立ち上げる時に、社団にするのか、合同会社にするのか迷いましたが、やっぱり社会や市民の活動にすることに意味があるなと思って。これは、みんなで考えていかないといけない、地域の人にも入ってもらわないといけない問題です。
だから敢えて NPO 法人を選んだんです。私は長年、団体は自分のものにしてはいけない、と強く思ってきました。今回も、自分が立ち上げたからといって自分のものにしてはいけないと、自分の肝に銘じてやっていこうと思っています。」

団体立ち上げに向けて大きな弾みとなったのが、東京に拠点を置く NPO 法人レジリエンスとの出会いだそうです。「レジリエンス」は、DV や虐待、モラハラ、いじめ、パワハラ、その他さまざまな原因による心の傷つきやトラウマに焦点をあて、情報を広げる活動をしている NPO 法人。生きづらさを抱える女性自身が“まなぶ”事業を実施するためには、現場の支援とは異なる専門性が必要です。暮らしのコツ研究所は、「まなぶ」ことに特化した団体と連携することで、DV ・トラウマ・モラハラなどのこころの傷つきのケアについて考え学ぶための「こころのケア講座@京都」を開催できるようになりました。

暮らしのコツ研究所の「はたらく・まなぶ・つながる・はなす・ひろめる」の 5 つの事業は、様々な団体や機関と連携しなければ成り立ちません。開設にむけて準備を進めている支援施設でも、分野を超えて協力しあう「あたらしい支援のカタチ」が始まろうとしています。

高い専門性を持つ支援員として、女性ならではの柔軟性をもったリーダーとして、あくまで当事者の女性に寄り添いながら、支援の在り方を変えようとしている瀬端さん。 さらには高校生の娘を育てる母としての一面も。いつもパワフルな瀬端さんが目指す “生き方” に興味が沸き、質問をすると、意外な答えが返ってきました。
「例えば、人の目をちゃんと見て “ありがとう” を言ったり、ていねいに暮らしたり。そんな当たり前のことを大事にしたいなあ・・・」
しみセンではあまり目にすることのない、素顔の瀬端さんにお会いできたような気がしました。


今回スポットライトをあてた団体・個人

NPO 法人暮らしのコツ研究所 瀬端 万起 (せばた まき) さん

NPO 法人暮らしのコツ研究所 代表理事

障害福祉サービス管理者兼サービス管理責任者の経験を経、その後 DV 被害者支援分野に携わる。その中で、DV や虐待の分野と精神科医療・福祉分野の密な連携の必要性、トラウマという視点の必要性、DV 分野における専門性のバラつきなどの課題を感じ、同じ志をもつ仲間との出会いから、2019 年 10 月に「暮らしのコツ研究所」を設立。

※ 個人の肩書や所属する団体は、執筆時点 (2020年11月) の情報です。

団体名 NPO 法人暮らしのコツ研究所
代表者 瀬端 万起
所在地 〒600-8127 京都市下京区西木屋町通上ノ口上る梅湊町83番地の1 ひと・まち交流館 京都 2階 京都市市民活動総合センター内
団体について

DV や虐待などによるトラウマ関連障害をはじめ、何らかの生きづらさを抱える女性を主な対象に、はたらく・まなぶ・つながる・はなす・ひろめる5つの事業を軸にして、DV や虐待などからの離脱に向けての支援、トラウマ関連障害を抱える人たちがより生きやすくなることを目指す事業を持続的かつ発展的に行い、誰もがより生きやすく、安心・安全に地域で暮らせる社会を実現させることを目的として活動します。

Web サイト https://kurakotulabo.wixsite.com/kyoto

この記事の執筆者

団体名 京都市市民活動総合センター
名前 土坂 のり子

事業コーディネーター

Web サイト http://shimin.hitomachi-kyoto.jp/
Facebook https://www.facebook.com/shimisen


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