2025 年に日本は「認知症 700 万人時代」を迎えます。鍵を握るといわれているのが、「認知症とともに生きる」社会や地域の在り方。各地で認知症の方や家族、地域の方が集う「オレンジカフェ」や「オレンジサロン」(※1) が開催されています。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、このような活動は感染リスクが高いとして、中止が相次ぎました。メディアでは「感染するリスク」に報道が偏りがちですが、専門家からは「高齢者がとじこもってしまうこと」のリスクも指摘されています。
今回は、そんな中で人々の交流の場をなくさないためにと始まった、「いわくら農園倶楽部」の取組みを紹介します。
※1 オレンジは、認知症支援のイメージカラーです。
取材に訪れたのは 8 月の終わり。国際会館駅からバスに乗り、15 分。家々の間に田畑が見えるのどかな風景の中に手作りの農園が姿を見せました。畑ではサツマイモやししとう、レモングラスなど、様々な野菜が育っていました。
「いわくら農園倶楽部」では、地域の人と高齢者、障害のある方、認知症の方などが共に協力し合いながら、畑の運営をしています。毎週土曜日に農園に集まり、それぞれが自分のペースで楽しむスタイル。参加者は子どもや中学生、大学生など、本当にさまざまでした。中には、近くの図書館でチラシを見て参加している親子の姿もあります。畑では個々の立場などに関係なく、和気あいあいと作業をしています。
この農園は、コロナ禍のなかのフレイル対策として、人々の交流の場を無くさないために始まりました。フレイルとは、年齢を重ねるとともに心と体の活力が衰えた状態のこと。対策をとることで要介護状態になりにくくなるといわれています。
また、岩倉には、畑をやっていた高齢者がたくさんおられるそうです。そうした地域の特性を活かして、農園をさまざまな人たちの交流拠点としているところに、この取り組みの特徴があります。
農園での作業は、草が生い茂り瓦礫 (がれき) もある荒れ地を耕すところから始まりました。耕すときは、「おじいちゃん」たちを先頭に男性陣がせっせと固い土を耕し、その横で「おばあちゃん」をはじめとする女性陣と子どもたちが土に混ざる石を除けてと、上手に役割分担がされていたそうです。
「今日の作業でやること」を示されると、皆それぞれ自分の仕事を始めていました。しかし実は、高齢者を除くほとんどの参加者が畑の初心者。だから皆、作業は「おじいちゃんおばあちゃん」に助言をもらいながら進めます。「おじいちゃん」たちにはそれぞれのやり方があるため、たまに言い合いになっていることもありますが、そんなことも含めて、農園は皆にとって大切な場所になっています。
この取組みを事務局としてサポートするのは岩倉地域包括支援センター。
地域包括支援センターとは、高齢者の暮らしを地域でサポートするための拠点として、自治体などにより設置されている機関のこと。保健師や看護師、社会福祉士、主任ケアマネージャーが配置され、介護だけでなく、医療、保健などさまざまな領域の関係機関と連携し、高齢者の地域課題に対応しています。
岩倉地域包括支援センターでは、これまでにも、ブライダルスペースや叡山電鉄「八瀬比叡山口駅」で認知症の方が店員となる「認知症カフェ」を実施するなど、面白い取組みをしています。
「農園での活動は、毎週続けることで、特別なイベントにはしたくない。高齢者の人が失いかけているのは、日常の暮らしです。知り合った方と挨拶したり、おしゃべりしたり、一緒に体を動かしたり、みんなでお茶を飲んだり、当たり前の日々を取り戻してもらうのが、農園倶楽部の役割です。」
そう話すのは、京都市岩倉地域包括支援センターのセンター長である松本さん。センターの様々な取組みについては、当事者のやりたいことを実現するためにどうしたらいいかと考えた結果なのだそう。
「いわくら農園倶楽部」の取組みは、岩倉地域包括支援センターが持つ「つながり」によって生まれ、広がっています。
皆が活動するそばには一匹の猫がいます。飼い主のお宅は以前、猫のたまり場となっていました。実は、高齢者とペット問題は切っても切れない関係。一人暮らしの飼い主が餌をあげるのを長期間忘れてしまったり、逆に餌をあげすぎて他所からも猫が集まるようになったり、世話があるから…と入院を拒んだり、近所から苦情がでるケースも増えています。
岩倉地域包括支援センターは飼い主である男性の支援だけでなく、動物愛護ボランティアの方と協力して猫の支援にも取り組みました。糞が散乱していた部屋を掃除し、十数匹の猫を保護。必要な費用を募金で集め、治療や去勢手術を受けさせました。元気になった猫たちは自然と来なくなり、このご縁から、飼い主の方に畑の一角を農園として貸してもらうことになったのだそうです。
いわくら農園倶楽部では、夏の初めに初収穫を迎えました。そして、近くの児童館でマルシェを開催し収穫した野菜を販売。マルシェでは、認知症の方が販売員として活躍したそうです。児童館とは、以前より、高齢者への声かけ訓練を一緒にやったり、児童館のお祭りには高齢者がカフェを開店するなど、一緒に何かをすることがあり、マルシェの開催もそのご縁からなんだそう。
他にも、連携していわくら農園俱楽部を運営している社会福祉協議会から紹介してもらった子ども食堂に、収穫した野菜を届けてお弁当に使ってもらっています。
縁がつながって、農園で育てられた野菜が地域の子どもたちのもとへ届きました。
4 月の活動開始からほぼ休みなく農園での活動に参加し、マルシェでは店員もされている鈴木さんにもお話を伺いました。
鈴木さん親子
年をとるごとに忘れることが増え、特に主人が亡くなった後には、引きこもりがちになり食事を忘れることも。そんなときに、かかりつけの先生が主催する認知症カフェに参加したことがきっかけとなり、岩倉地域包括支援センターのオレンジカフェでも店員として活動することに。「お客様扱い」ではなく、お手伝いできることがあるということがとても楽しく、少しづつ元気を取り戻していきました。
だけど、新型コロナが流行り、外に出づらくなり…。せっかくできた楽しみもなくなり、かなり沈みがちに。そんな時、松本さんから農園の活動が始まったと聞いて、「行きたい!」と思いました。農作業は初めてですが、土いじりとマルシェでのお勘定、どちらも刺激的で違う年代の人とも関わることができ、とても楽しいです。
鈴木さんは、いわくら農園倶楽部での活動を通して、「人生で初めての経験」を重ねているそうです。例えば、一人でバスに乗り出かけること。はじめは不慣れだったそうですが、現在は農園までバスで通っています。「目的地への行き方を忘れてしまい、迷うこともありますが、係員に尋ねたりして、一人で乗ることを楽しんでいます」と笑顔で語ってくれました。鈴木さんがトライされているように、認知症になっても外出が続けられる社会が求められています。
いわくら農園俱楽部では、これから秋には児童館の子どもたちと一緒に芋掘りと焼き芋をする予定です。作業に参加するおじいちゃんおばあちゃんが口をそろえて「サツマイモの蔓をきんぴらにするとおいしい」と言うので、きんぴら作りも楽しみ。また、春にはプランターで育てたイチゴを地域の施設へ運べ、農園に来れない方も楽しめる出張いちご狩りを企画しているそう。すでに準備が着々と進んでおり、先日、学生さんと一緒に、プランターを載せる台を作成されたそうです。
認知症の人や障害を持つ人も、誰もが自分にできることを探し、できるペースで畑仕事にいそしんだり、初めての人が畑仕事にチャレンジしています。コロナ禍や認知症、障がい「だからできない」ではなく、この状況・この人「だからこそできる」を楽しむ。そんな素敵な活動です。
農園には、どこかほっとするような、のんびりとした時間が流れていました。ここに来るのが楽しみなんだと話すおじいちゃんもいて、この農園は、いろんな人にとっての居場所となりつつあるようです。農園プロジェクトの参加者については自然と集まっていったと話す松本さんですが、この人が中心にいるからこそ、ここまで広がっていったのだと感じました。
様々な出会いやつながり、タイミングでなるようになる。そして NPO の活動が日常となって広がっていく。それが NPO 活動の原点であり、面白さなんだと感じました。
団体名 | いわくら農園倶楽部 |
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代表者 | 京都市岩倉地域包括支援センター (高齢サポート・岩倉) |
所在地 | 〒606-0026 京都市左京区岩倉長谷町 1255 番地 |
団体について |
京都市岩倉地域包括支援センターでは、京都市から委託を受け、左京区の岩倉圏域を担当。高齢者やご家族のみなさんを、医療、保健、介護及び福祉などさまざまな方面から総合的に支援します。 いわくら農園倶楽部では、地域の人と高齢者、障害のある方、認知症の方などが共に協力し合いながら、畑の運営をしています。毎週土曜日に農園に集まり、それぞれが自分のペースで楽しんでいます。 |
電話 | 075-723-0800 |
FAX | 075-723-0802 |
メール | hokatu-iwakura@sankokai.jp |
Web サイト | https://www.sankokai.jp/group/care_facility/support_iwakura |
団体名 | 京都市市民活動総合センター |
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名前 |
久内 美樹 サブ事業コーディネーター |
Web サイト | http://shimin.hitomachi-kyoto.jp/ |
https://www.facebook.com/shimisen |