寄付ラボ 第 76 回寄稿

掲載日:2018 年 10月 12日  

寄付ラボファイナル。第 6 回目は長年芸術・文化分野の支援活動に携わってこられた、セゾン文化財団理事長の片山正夫さんです。

クラシックブームを引き起こした某少女漫画の「パリ編」には、主人公の指揮者が所属することになった小さなオーケストラが、市民の寄付やサポートによって支えられていることをうかがわせる場面があります。「オーケストラのレベルが落ちた。昔はこうじゃなった」と嘆きながらも、公演の度にホールに足を運んでいる人々の姿からは、「地域のオーケストラへの愛情」が感じられます。
「寄付者の愛情にどう応えるか」。それが芸術・文化分野への寄付を促すポイントなのかもしれません。 

寄付者をもっと喜ばせよう

このページのコンテンツは寄稿記事です。

活動の様子 コンサートホール

寄付といえば、災害時などの「緊急支援型」や、いわゆる「社会課題解決型」のものをイメージする人が多いだろう。だが寄付にはこれ以外に、「価値創造型」とでも呼ぶべきタイプがある。私が関わっている分野である芸術や文化に対する寄付などは、その代表選手だ。美術館や劇場、あるいはオーケストラや劇団は、社会課題を解決するというより、(解決することもあるが)現在の、そして未来の価値を創出する主体といった方がしっくりするだろう。

 

ファンドレイジングにおいては、こうした「価値創造型」寄付は、「社会課題解決型」とはまた違った考え方が求められる。「社会課題解決型」の寄付者は、まず寄付先の活動に共感し、そこに自分の問題意識を重ね合わせる。自分も何か貢献したいという思いがあるから成果志向も高いし、寄付金が有効に使われているか否かにも敏感だ。 芸術・文化への寄付者にも、もちろんそういう側面はある。だが少し違うのは、寄付の最大の動機が、寄付対象への「愛情」に根差している点だ。決してイシューが先にあるのではない。

   

現在英国の外相を務めるジェレミー・ハント氏が、文化オリンピック・スポーツ・メディア大臣として2011年に来日した際、日本の文化関係者とのラウンドテーブルが持たれたことがある。私も参加したが、そのときの彼の言葉で印象に残ったのは、「 ”culture of giving” (寄付する文化)も大事だが、私は芸術団体の側に ”culture of asking”(寄付を依頼する文化)を根付かせたい。なぜなら英国の芸術団体はaskしていないから」というものだった。  これは今の日本にそのまま当てはまる。日本の芸術文化団体は、手間のわりに成果の期待できない寄付集めよりも、つい行政の補助金に申請する方を選ぶ。そのほうが “コスパ” に勝るからだ。だが個人や企業があまり寄付しないのは、そもそも “ちゃんと頼まれていない” からでもある。つまりニワトリと卵なのだ。

では、実際どのように寄付を頼めばよいのだろうか? それには寄付者の気持ちを理解することから始めねばならない。芸術・文化の世界に寄付する人に共通するのは、「このすばらしい活動(あるいは存在)がずっと続きますように」という気持ちだろう。「さらに充実、発展してほしい」という期待も、もちろんある。だがそれだけではない。「寄付を通じてつながりを持ちたい」、もっといえば「この文化施設・芸術団体にとって自分が特別な存在でありたい」という密やかな願いもあるはずだ。下心というより、それが「愛情」というものなのだ。

 

であれば、ファンドレイジングもそこからアプローチすべきだろう。よく美術館や劇場の会員制度などで、会員になると何回無料で見られるとか、ショップやカフェが割引になるとか、冊子が送られてくるといった特典が掲げられているのを目にするが、これ(だけ)では「ふるさと納税」と同様、人は損得を天秤にかけて判断するだけになる。  そうではなく、寄付者の気持ちを汲んでもっと喜ばせてあげることが大切だ。お金をかけることが重要なのではない。レストランやブランドショップでも、お得意様は店に入った途端、個人名で呼んでもらえるだろう。これだけでもお客はささやかな喜びを味わうことができるのだ。

私の財団は米国のある財団のプログラムを長年支援し続けているが、たまにその財団の理事会やイベントに出かけると、いつも皆の前で大袈裟なほどの称賛の言葉をもらう。私個人のお金でもないのだから、気恥ずかしさが先に立つほどだが、同時にこうした“褒め上手”なところが、実は米国の寄付社会を支えているのだと感じさせられる。

 

世界の主要美術館で初めてクラウドファンディングを成功させたのは、おそらく2010 年のルーブルだが、その時の寄付者は、閉館日に入館して購入を支援した作品を見られたり、一般公開前のレセプションに招いてもらえたりと、たっぷり特別扱いを受けることができた。ロンドンのテート・モダンには、国立美術館にもかかわらず会員向けの特別室があり、展覧会への優先入場もできる。劇場への高額寄付者が芸術監督と食事を楽しむことができる特典も海外ではよく目にするが、これも寄付者の愛情によく応えたものだといえる。

わが国の芸術・文化団体も彼らに負けず、どうすれば寄付者を喜ばすことができるか、大いに知恵を競ってもらいたいと思う。

   

片山 正夫

片山 正夫(かたやままさお)さん

公益財団法人セゾン文化財団理事長

1958 年西宮市生まれ。30 年以上にわたり芸術文化支援活動に携わる傍ら、数多くの研究、提言、教育活動に参画。現在(一財)非営利組織評価センター理事長、(公財)公益法人協会、(公財)助成財団センター、(公財)ジョイセフ理事、(一財)、アーツカウンシル東京・カウンシルボード委員、慶應義塾大学大学院非常勤講師等を務める。著書に「セゾン文化財団の挑戦」、共著書に「 NPO 基礎講座」「プログラム・オフィサー」「民間助成イノベーション」等。


上へ