「寄付白書 2014」によると、2014 年の年間平均寄付額は 1 人あたり 1 万 7215 円。前回調査した 12 年に比べて約 11% 増えています。東日本大震災後若干の寄付額の減少はありましたが、震災をきっかけに社会貢献に関心を持つ人が増えたやインターネットを通じた寄付増加が後押ししたようです。また、寄付の新しい方法として「寄付つき商品」の利用意向がある人も増えていると述べられています。
新しい寄付手段として高い期待を得ている寄付つき商品ですが、一方で課題も見受けられます。寄付の使途や活動内容ではなく「知名度の高い団体」という理由のみで寄付先を選んだり、商品とは関連性の低い活動へと寄付が流れていることもあるようです。また、寄付先団体からの領収書や礼状などを HP に掲載するだけで、寄付の使われ方や課題にまで触れられることが少ない現状がうかがえます。
今回の特集では、寄付つき商品の新たな可能性を探るべく、関西の先進的な取組みをご紹介します。
経済発展がめざましい一方、貧富の差が激しく都市部の失業率が 50% を超える国、フィリピン。若年人口あたりの無業者数が増え続け、若者が未来に希望を見出せないといわれる国、日本。
ココファンドは、中退・不登校等の経験を持つ日本の通信制高校生が、フィリピンの貧困を知るスタディーツアー*注 1に参加するための基金だ。ココファンド対象リップクリームを1本購入するごとに、100 円がココファンドに寄付される。
フィリピンの特産であるココナッツを使った商品で、日本の高校生に「海外渡航」という挑戦の場と、フィリピンの貧困の現状を多角的に体験する機会を提供する。そうして、フィリピンと日本の若者の未来を、少しずつでも変えていくことを目指しているのだ。
このプロジェクトの最大の特徴は、1 つの企業と 2 つの NPO 法人の「持ち味」が存分に生かされ、多様な成果を出していることにある。
ココファンドプロジェクト発起人のひとり、認定 NPO 法人 D×P (ディーピー)理事長の今井さんは、18 歳だった 2004 年、イラク人質事件の当事者となり、帰国後「自己責任」という言葉で非難を受け対人恐怖症になった経験がある。
人と接するのが難しく立ち直るまで時間を要したが、友人らの助けによって復帰した。その後、大学生活を送る中で、いじめを受けたり、学校に馴染めず不登校や中退を経験した人が多い通信制高校の課題に出会った。親や先生から否定された経験を持つ生徒たちと自身のバッシングされた経験がリンクし、卒業後一度商社に就職するも退職し、通信制高校の高校生向けのキャリア教育事業を展開する NPO 法人 D×P を設立した。
通信制高校に通う高校生は約 18 万人。少子化であるにも関わらず、通信制高校へ入学する生徒は横ばい傾向にある。その中の4割の生徒が中学時代の不登校を経験しているとされ、さらに卒業生の 41% が卒業後に「進路未決定」の状態にあるという*注 2。
実際に内閣府の調査*注 3によると、「自分の将来について明るい希望を持っていますか」という質問に対し、アメリカの若者*注 4の 91% 、韓国の若者の 86% が『希望がある』と回答したのに対し、日本の若者で『希望がある』と答えたのはわずか 61.6% だった。
今井さんは、日本の若者が希望を持てない理由として、「出会いの機会格差」と「成功体験の機会格差」を挙げている。多様な人に出会える環境にある若者は、より多様な選択肢を知ることができるが、そうでない環境にある若者は、決められた選択肢のみしか知り得ることができない。
さらに、自分なりの「できた!」という経験を積む機会は、所属する学校や団体によって大きく異なると同時に、家庭の経済力にも大きく依存することが大きい。
D×P の活動を開始し、通信制高校の生徒と向き合う中で、今井さんは発展途上国へのスタディツアー経験を通じて大きく変化した高校生を、何人か目の当たりにすることになる。そのことから、多くの生徒を海外に送り出したいと思うものの、経済的に余裕のない家庭出身の生徒には難しいという問題にも直面していた。
そこで、今井さんが相談を持ちかけたのが、同じ大阪でソーシャルビジネスを展開する水井さんだった。
ココファンドプロジェクトのもうひとりの発起人となる株式会社ココウェル代表の水井さんは、フィリピン留学時に農村部での貧困問題を目の当たりにし、「自分には何ができるのか」と問い続ける。その際に着目したのがココナッツだ。
フィリピンの農村地域では、ココナッツが農家の生活基盤を支えており、フィリピンの3分の1の人々が何らかの形でココナッツから収入を得ているとも言われている。
そこで、ココナッツ商品の普及を通じてフィリピン国内での雇用を生み出すことで、貧困問題が解決できる可能性があると、帰国後、ココナッツ商品を開発・販売する株式会社ココウェルを立ち上げたのだ。
今井さんと水井さんとは「大阪を変える 100 人会議」*注 5で出逢い、意気投合。水井さんから留学時代の話を聞いたことや、お互いの取組みに強く共感していたことから、今井さんは「フィリピンに高校生を送り出すことができないか?」と考えるようになったという。
そしてこの考えに水井さんが大きく共感し、ココウェル商品の中でも低価格でリピート性の高いリップクリームが寄付つき商品として選ばれ、ココファンドプロジェクトが始動したのだ。
スタディツアーに送り出すには、一人当たり約 20 万円が必要となる。2013 年 12 月にリリースした際、多くのメディアに取り上げられたものの、夏場はリップクリームの需要が減ることもあり、2015 年 1 月時点では、ようやく1人分の寄付金が集まったところだったという。
この時はある旅行会社が実施する、「自然との共生」がテーマのツアーを送り出す先としていた。フィリピンの田舎でのんびり過ごすツアー内容で、たまたま送り出した生徒にはベストマッチしたのだが、元々はフィリピンの貧困問題と向き合うことで高校生の変化と成長を図りたいと考えていた今井さんと水井さんは、「いろんな側面をみられるツアーに参加させたい」と、貧困地域でのスタディツアーをしている先と提携できないかと考え始めた。
そこで候補にあがったのが、NPO 法人アクセス―共生社会をめざす地球市民の会(以後「アクセス」と省略)だ。
アクセスはフィリピンと日本で貧困問題に取り組む京都生まれの国際協力団体だ。フィリピンの都市貧困地区3ヶ所/農漁村貧困地区 2 ヶ所において、貧しい人々、特に女性・子ども・青年を主要な支援対象とした様々な事業を実施している。
アクセスでは現地で支援を行うだけでなく、途上国の貧困を生み出す構造*注 6し、帰国後もボランティア活動などを継続的に実施している。
アクセスのスタディツアーの特徴は、現地を視察し人々と触れ合うだけでなく、「なぜ貧困問題がおこるのか、そして私たちは何を変えていかなければならないのか」ということを徹底して考える場を提供することにある。
アクセスのフェアトレード商品であるココナッツ商品をココウェルが長期的に購入し、販売協力をしていたこともあり、すぐに話はまとまった。そして 2016 年 2 月、2 人の子どもたちがこのツアーに参加することになったのだ。ふたりとも、経済的に困難のある家庭に育っている。
こうしてココファンドプロジェクトは、関連する 3 つの組織の思いが見事に共有され、それぞれの強みを活かした取組みを展開することになった。このプロジェクトの恩恵にあずかるのは誰だろう?ツアーに参加する高校生だけだろうか?
ココウェルはこのプロジェクトに参加することで、自社製品のストーリーを消費者に伝えることができ、消費者は低価格で質がよく、おまけに社会貢献にもつながる商品を購入することができる。アクセスは、今まで参加することのできなかった層のツアー参加を得、「より多くの若者のエンパワメントを行う」という目標に近づけることができる。そして、様々な出会いと体験をした若者が、希望や自信を得て社会に貢献する人材に成長していくことで、D×P の活動も成果を出すことができ、日本社会の損失も微力ながら軽減することができる。
このプロジェクトはまさに、それぞれの組織、消費者、当事者、そして日本社会全体が恩恵を受ける仕組みになっているのだ。
ココファンドリップの売上本数は累計で 4800 本*注 7。延べ人数 4800 人の方がこの取組みに寄付をしたということになる。NPO だけでこの人数から寄付を集めることはとても難しい。
次回のスタディツアーは 2016 年 8 月。3 人が渡航するためにはリップ 6000 本分の寄付が必要だ。逆にいうと、リップ 6000 本が、社会を変えていく源になる。
最後に、ココファンドプロジェクトによって 2016 年 2 月のスタディツアーに参加した 2 人のうち、経済的理由で高校を中退した経験のある子どもが、帰国後に語った感想を紹介したい。
「僕は、正直自分の生まれ育った環境は貧乏で、恵まれていなくて、与えられたチャンスもごく僅かなものだと思っていました。でも。今回のツアーのおかげでそもそも僕は恵まれてなくなんて全くないことに気づきました。
僕には限りないチャンスがすでにあったんです。だからもう日本である程度の辛く苦しい思いをすることになったとしても、絶対に諦めずに挑戦し続けると思います。」
ココナッツ製品と、通信制高校の生徒。一見すると全く関連性のないようにも見えるが、そこに関わる人々の想いをのせて、希望あふれる取組みへと広がっている。
主に途上国で NGO が活動する現場を視察したり、ボランティア活動などを行う旅行のことで、 体験学習や現地の人々との相互理解を目的にしている。
注 2:文部科学省の学校基本調査による(認定 NPO 法人 D×P ホームページより抜粋)
注 3:平成 25 年度「我が国と諸外国の若者の意識に関する調査」より
注 4:ここでの「若者」=満 13 歳から満 29 歳までの男女
注 5:大阪におけるさまざまな社会課題解決に向かう社会的事業者自らが組織し、行政や企業・地縁組織などと有機的な協働を深めるためのプラットホームを目指し、より良き市民社会形成に寄与していこうとする団体。
注 6:貧しい国の大半は、かつて植民地支配を受け、産業と社会の仕組みを先進諸国の都合の良いように作り替えられ、富を奪われ、労働を搾取された。後進国の発展が進んだ現在でも、この構造は変わっていない。
注 7:2015 年 11 月末時点での売上本数
京都市市民活動総合センター
森本 のり子