皆さんは「晴眼者(せいがんしゃ)」という言葉を知っていますか?
目が見える人のことを指す言葉で、視覚障がい者の対義語として使用されていることを、私は今回の取材を通して初めて知りました。
京都で 55 年以上にわたり、視覚障がい者と市民が共に学び、共に考え、安心して暮らせる社会をつくることを目指して活動を続けられてきた市民ボランティアグループ「ユニーズ京都」さん。
点字教室の開催や点字・拡大文字メニューの普及活動、京都市営バスの音声ガイド調査、京都を訪れる視覚障がい者へのサポートなど、その活動は多岐にわたります。
「知ること、それが理解の第一歩」。
この言葉をスローガンに、これまで社会に働きかけてきた歩みと、活動の中で大切にされてきた思いについて代表の大西さんにお話を伺いました。
1970 年代、日本の障がい者福祉は大きな転換期を迎えていました。
1970 年に日本で初めて障がい者施策の基本を定めた法律である「心身障害者対策基本法」(現在の障害者基本法) が制定され、制度整備が進む一方で、各地では障がいのある当事者自らが声を上げ、社会に問いかける動きが広がっていきました。
このような時代のうねりの中で、市民ボランティアグループ「ユニーズ京都」(以下、ユニーズ京都という)の活動は、1970 年に始動します。当時、視覚障がい者と晴眼者の関係には、「支える側」と「支えられる側」という関係性が当たり前のように存在していました。
ユニーズ京都は、そうした関係性のあり方そのものに問いを投げかけるところから出発します。
「障がいは個人の問題ではなく、社会のあり方によって生まれる課題なのではないか。」
そうした思いから、当事者・非当事者という枠組みを超えて、ともに学び、考え、行動するための場として、視覚障がい者と晴眼者、10 数名の有志が集まり、「晴・盲一体」というスローガンのもと、「京都盲人福祉研究会」(通称「盲福研」) が発足しました。
活動開始から約 30 年が経った頃、団体では会のあり方や活動の姿勢そのものを改めて見直す機会を迎えます。
検討を重ねた結果、団体名も見直され、大西さんの盲導犬「ユニス」の名にちなみ、「you needs (あなたに必要なもの)」という思いを込めて、現在の「ユニーズ京都」へと改称しました。
同時にスローガンも、「晴・盲一体」から「知ること、それが理解の第一歩」へと改められ、現在の活動へとつながっています。
ユニーズ京都の活動の中心にあるのは、「視覚障がい者のことを、一人でも多くの人に知ってもらうこと」です。その思いから、これまでさまざまな取り組みを行ってきました。ここでは、これまでの活動の一部をご紹介します。
1.点字教室の開催と、点字・拡大文字メニューの設置
活動の出発点となったのが、1970 年頃から始まった点字教室です。
毎週水曜日の 18 時から 20 時まで開催され、会場には定員いっぱいになるほどの参加者が集まりました。点字を学ぶ場としてだけでなく、視覚障がい者のことを知る「入り口」となる機会として活動が続けられてきました。
点字教室の継続により、点訳ボランティアとして活動できる人が増えてくると、その力を社会の中で生かす取り組みとして、点字メニューの普及活動が始まりました。
それまで、多くの場合、点訳ボランティアがメニューを点訳し、知り合いのお店に提供する形がとられていました。しかし、ユニーズ京都では、点字を単なる手段ではなく「文字」として理解してもらうことを大切にしながら、「視覚障がい者と晴眼者は同じ消費者である」という視点で店舗への働きかけを進めていきました。
飲食店や百貨店、ホテルなどに呼びかけた結果、1988 年の全国障害者スポーツ大会の開催を機に、約 230 店舗で点字メニューの設置が実現しました。設置店舗をまとめたガイドブックの発行やステッカー掲示も行い、視覚障がい者が安心して利用できる環境づくりにつなげました。
2.京都市営バスの音声ガイド調査
スピーカーや点字ブロックなど、設備面での整備は進んできましたが、それらが実際に利用しやすいものになっているかどうかは、必ずしも確認されていないことが多いといいます。
そこで、ユニーズ京都では、京都市営バスの音声案内が実際にどの程度聞き取ることができるのかを調べる実態調査を行いました。
1996 年から 1997 年にかけて、市内 131 か所のバス停で調査を実施し、3,000 件以上のデータが集まりました。その結果、約 3 割が「判別できない」「聞こえない」という状況であることが明らかとなり、この結果を交通局へ提案し、話し合いの場が設けられました。
その後、交通局では車外スピーカーの電子化や音量調整方法の改善といった設備面の整備に加え、職員研修の実施なども行われました。2001 年から 2002 年に行われた再調査では、3000 件以上のデータの結果、行き先が判別できる割合が約 8 % 改善する成果が見られました。
団体では現在も、市民の皆さんに向けて、バス停で白杖を持つ方や盲導犬を連れた視覚障がい者を見かけた際は、「〇〇系統が来ましたよ」と一声かけてほしいことを呼びかけています。
※市民ボランティアグループ「ユニーズ京都」ホームページ 「バス停でのサポート」をご参照ください。
3.おこしやす京都
2008 年、他府県から観光や研修などで京都を訪れる視覚障がい者の安全・安心をサポートする活動「おこしやす京都」が始まりました。
この活動には、団体内で講座を受講したボランティアである「アイヘルパー (eye helper/目の提供者)」が同行します。アイヘルパーは、視覚障がい者が企画した目的地までの道のりに同行し、周囲の状況や文字情報を提供し、「必要な情報を伝える目」として関わります。
多い年には、年間 50 〜 60 件の依頼が寄せられました。
4.ええとこさがそ!体験会
2010 年から、五感で京都を楽しむ散策イベント「ええとこさがそ!体験会」が始まりました。
アイヘルパー養成講座を受けたものの活動経験のない方や、1 対 1 の支援に不安を感じる方が参加しやすい「はじめの一歩」として、アイヘルパーの有志が中心となって企画したものです。
視覚障がい者、アイヘルパー、市民が一参加者として時間を共有し、京都の魅力を楽しみながら交流する機会となっています。

取材を通して、これまでのユニーズ京都の活動には、「どのような形でも視覚障がい者について知ってほしい」という思いと、そのためには「まず社会の中に飛び込んでみる」という行動がありました。
「一つひとつ、思いをきちんと伝えて踏み込んでいけば、案外受け止めてもらえるものなんです。50 年以上活動してきて、それは本当に実感しています」と大西さんは語ります。
実際に、これまでの活動の多くが、こうした働きかけから実現してきました。
「こんなことができないだろうか」と声を上げると、「一度交渉に行ってみようか」と仲間が応えてくれる。そうした積み重ねが、これまでの活動を支えてきました。
もちろん、すべてが順調だったわけではありません。活動の方向性に共感して関わる人もいれば、途中で離れる人もいる。考え方や関わり方は人それぞれでした。それでも「社会に目を向けてほしい」という思いを軸に、活動は続けられてきました。
「制度だけでは社会は変わりません。少しうるさいと思われても、声を上げていくことが大事だと思うんです」
自分のことだけではなく、さまざまな人が社会の中で共に暮らしていることを知ってほしい――。
その思いが、55 年以上にわたる活動を支えてきました。
2025 年、ユニーズ京都は活動開始から 55 周年を迎えました。
これまでの歩みを振り返り、次の世代へ伝えるために、大西さんは現在、団体の歴史や活動をまとめた小冊子の制作を進めています。完成は 2026 年春頃を予定されています。
「小冊子を通して、これまでの活動が、どこかで『やってみよう』と思う人のきっかけに繋がれば大変うれしいですね」と大西さん。
55 年の活動を通して積み重ねてきた「知ることから始まる理解」への思いは、これからも市民の中へと広がっていきます。
市民ボランティアグループ「ユニーズ京都」 代表
| 団体名 | 市民ボランティアグループ「ユニーズ京都」 |
|---|---|
| 代表者 | 大西 正広 |
| 団体について |
市民ボランティアグループ「ユニーズ京都」は、「知ること、それが理解への第一歩」をスローガンに、視覚障がい者の QOL (生活の質) 向上と市民への意識啓発を目的とした視覚障がい者と晴眼者が一緒に活動する市民ボランティアグループです。 |
| メール | shimin-youneeds@youneeds.sakura.ne.jp |
| Web サイト | https://www.youneeds.net/ |
| 団体名 | 京都市市民活動総合センター |
|---|---|
| 名前 |
奥野 智帆 サブ事業コーディネーター |
| Web サイト | https://shimin.hitomachi-kyoto.jp/ |
| https://www.facebook.com/shimisen |