人は言葉にできないほどの孤独を抱えるとき、生きることがつらく感じられることがあります。NPO 法人京都自死・自殺相談センター(以下、Sotto )は、「死にたいくらいつらい気持ちを持つ方の心の居場所づくり」をミッションとして掲げ、活動しています。
愛称「Sotto(そっと)」に込められているのは、「そっとそばにいる」という、体温を感じられる存在でありたいという思いです。
Sotto は 2010 年に設立してから少しずつ活動の幅を広げてきました。
電話やメールによる「相談活動」、大切な人を亡くされた方のための「そっとたいむ」、死にたい思いを抱えた方のための「おでんの会」、シンポジウムなどの啓発(発信)活動。
すべての活動に共通しているのは「死ぬほど思いつめるようなときに、気持ちの支えを感じられる場所・時間であろう」とする信念です。
今回は、Sotto の活動の柱のひとつである「電話相談」に焦点を当て、相談を受けとめる側──いわば“ Sotto の中の人” にスポットライトをあてます。
電話の向こうで名前も顔も明かさずに、誰かの言葉に耳を傾けている人がいます。
その人もまた日々の暮らしのなかで様々な揺らぎを感じながら、「そばにいる」という営みを重ねているのです。
(記事執筆:土坂のり子)
どうしようもなさ
わかってもらえなさ
死にたいくらいのつらさ。
言葉にならないその気持ちを、誰かに話してもいいのだとしたら。
毎週金曜と土曜の夜、19 時から 25 時まで。週末の静けさのなか Sotto の電話相談が開かれています。
この数時間だけの窓口に、2023 年度はのべ 1,151 件の電話がかかってきました。
2012 年から始まったメール相談もあわせると、同年度の相談件数はのべ 4,432 件にのぼります。
メール相談の中心は 30 代で、全体の約 60% を占めています。一方、電話相談では世代を問わず幅広い層が利用しています。10 ~ 20 代の若い世代の利用も全体の約 20% あり、これは、メール相談よりも 1.5 倍以上高い割合です。
「言葉を直接届けたい、誰かの声を聞きたい。」
そんな思いを胸に、多くの人が電話をかけてくるのでしょうか。
Sotto の電話相談に寄せられる声はさまざまです。
言葉にならない思いが、沈黙や嗚咽、怒りや絶望となって電話の向こうから届くこともあります。
落ち着いた声でゆっくり語る人もいれば、抑えきれない思いを吐き出すように話す人もいます。そのどれもが、いまこの瞬間をどうにか生きている人の声です。
そんな気持ちをひとつひとつ受けとめているのは、Sotto のボランティア相談員です。
一体、どんな人がこの電話の向こうにいるのでしょうか。
電話相談の「中の人」たちの姿を描いたドキュメンタリー漫画 『ただいま相談受付中!#Sotto の中の人』が、2024 年 12 月に発行されました。
死にたい気持ちの相談を受けとめる、電話相談の現場。そこに関わるボランティアたちのまなざしや日常が、全 10 話の 1 話完結型で描かれています。WEB でもデジタルブックとして読むことができます。
Sotto ではこれまでも、 note や YouTube などを通じて相談員の声を発信してきました。
なぜ今回は「漫画」という表現方法を選んだのか、企画を担当した事務局スタッフであり、相談員のひとりでもある“たれさん”(ニックネーム)に聞いてみました。

「もともと、本や漫画が大好きだったんです。」
たれさんの発想の出発点は、自分の“好き”という気持ちでした。
「相談に応じられる人数をすぐに増やすことは難しいけれど、漫画というかたちなら、今つらい気持ちを抱えている誰かに、もっと広く、やさしく届くかもしれないと思いました」
近年、「家族や友人が“死にたい”と言っている」といった相談も増えているそうです。
“死にたい”という言葉をどう受け止めたらいいかわからない。大切な人の苦しみの前に、戸惑いと不安を抱えた声が、Sotto に届いています。
Sotto では 「聴き方のお稽古」として、傾聴の基本的なトレーニングや、相談員が受けているロールプレイ研修を体験できる講座も開いてきました。ですが、「体験講座に出会う前の段階で、“こんな聞き方があるんだ”と知ってもらえる機会があったらいいなと思ったんです。」と、たれさんは語ります。
また、つらい気持ちを相談機関に話すことそのものが、ハードルになっている人もいます。
そんな人たちに「Sotto という場所があるよ。電話の向こう側にこんな人たちがいるよ」と知ってもらうきっかけとしても、漫画という形が選ばれました。
Sotto では、30 人以上の相談員が日々の相談活動や居場所活動に関わっています。
相談員たちは公認心理士などの資格を持った専門職ではありません。相談員養成講座を修了した「専門性のあるボランティア」ですが、同時に、日常の中を生きる普通の人たちです。
漫画では4 人の相談員が登場します。
スーパーで見つけたお手頃価格のドリップコーヒーを試して、「思ったより美味しかったな。メーカー乗り換えちゃおうかな」と独りごちる、コーヒー好きの男性相談員。
気になる女の子をカフェに誘ってみようと、「おしゃれなカフェ、どこがいいと思う?」と先輩相談員に訊く、スポーツ好きの青年。
Sotto に行く前に思春期の娘のために晩ご飯を作り、電話相談を終えてスマホを見ると「にんじん入れないでって言ったやん(-“-;)」というLINEが届いている母親相談員。
『ただいま相談受付中!#Sotto の中の人』では、真に迫る電話相談の様子とともに、相談員たちの暮らしの風景も描かれています。
たれさんは語ります。

たれさん
インタビュー記事だとどうしてもかしこまってしまうし、言葉だけで電話相談の “リアル” を伝えることはとても難しい。でも漫画なら、言葉を交わすときの間合いや温度感、声色、質感も立体的に伝えられると思ったんです。
この漫画は、相談員たちの姿や言葉を通して、Sotto の相談現場に流れる空気や やり取りの温度を、そっと感じてもらえる “ 社会見学 ” や “ 試食 ” のようなものだと考えています。
漫画の中で私が特に印象に残った、エピソード 6 のワンシーンを紹介します。
こころの病気になった夫の世話を長年続けてきた女性から、ある夜、電話がありました。
絞り出されるように届いたのは、「なんで私が何かもしないといけないの…」という言葉。それは、張り詰めた糸が切れたような、悲鳴のようでした。
相談者と対話を続けていた相談員は、その気持ちを受け取ったとき、こう応じました。
「ずっと淡い期待をしながら尽くしてきたんですね・・・。大変でしたね。疲れましたね。」
すると、相談者はしばらく沈黙したあと、ぽつりとつぶやきました。
「そうですね・・・私は・・・疲れたんです・・・だから私が欲しいのは・・・労いの言葉だったのかも・・・」

誰かに “ わかろうとしてもらえた” 瞬間。
その気づきが、相談者に静かな変化をもたらしました。
電話を終えた相談員は、帰り道で、その日、自分のために弁当を作ってくれていた妻に電話をかけました。
「今から帰るよ。今日の弁当、美味しかったよ。」
その一言には、日々をともに過ごす人への感謝と労いの気持ちがこもっていました。
言葉を交わすことで生まれる、小さな気づき。
気持ちが触れ合うことで、相談者も相談員も、何かが少しだけ変わることがあるそうです。
たれさんはそれを「まじり合い」と表現されました。
文字だけでは伝えきれない “まなざし” や “やわらかさ” のようなものが、漫画には静かに息づいています。その根底に流れているのは、「死にたい気持ち」との向き合い方。
それは、その気持ちを否定するのではなく、ただそっと受けとろうとする、Sotto の活動の根っこなのだと感じます。
いま、「寄り添う」という言葉が、あちこちで聞かれるようになりました。けれどそれはときに抽象的で、手触りのないものにも感じられます。Sotto が大切にしている「寄り添い」とは、いったいどんなことなのか。相談員でもある、たれさんに尋ねてみました。

たれさん
たいていの場合、相談者の抱える悩みって私たち相談員は体験したことがありません。年齢が近くても、同性でも、自分とどれだけ共通性があったとしても、やっぱり「わかるわけではない」と思うのです。でも、だからこそ「わかろうとする姿勢」が生まれるのではないでしょうか。
声の色や息づかい。ちょっとした間合いから、その人がどんな思いを抱えているのかを想像して、そっと関わっていく。
“ 聞いたかどうか ” じゃなくて、“ わかろうとしたかどうか ”。
私たちはアドバイスをしたいわけではなく、
死にたい気持ちを否定したり後押しをしたいわけでもありません。
ただただ、わかろうとする。言葉にすると、なんてことないように見えるかもしれません。けれど私はこの何でもないような営みに、絶望的な孤独感をやわらげる力があると、信じています。

Sotto の相談員養成講座では「ロールプレイ研修」を何よりも大切にしています。
決まった対応マニュアルを学ぶのではありません。安心して絶望を話せるとはどういうことか、その肌ざわりを自分自身で体感していくために、参加者はさまざまな設定で相談者役を体験します。
「どうして自分だけ…」という不公平感。
「自分には何もない」と感じる虚しさ。
「これまでの人生が全部ムダだった」とさえ思えるほどの悔しさ。
そして、「消えてしまいたい」と感じる瞬間。
そうした感情に集中し、想像の中で言葉を探していくうちに、いつのまにか、自分が「相談者そのもの」になっているーそんな感覚が芽生えてくるといいます。
誰にも必要とされていないような気持ちで、電話をかける。
相談員の声のトーン、呼吸の間合い、ふとした沈黙。
一つひとつに、「私」の気持ちが敏感に反応していく。
言葉のやりとりの背後にある、「こちらを理解しようとしてくれている気配」。
自分の思いをなぞろうとしてくれていることが、かすかに伝わってくる。
ただ“話を聞かれている”のではなく、「どんな思いでこの電話をかけてきたのか、想像しながら聞いてくれている」と感じた瞬間。
そのとき初めて、電話の向こうにいる相談員を信じてみようと思える。
そんな “死にたい気持ち” に触れ、相手の立場で発想することを体感的に学ぶのが、養成講座でのロールプレイ研修です。
それは、ただの練習ではありません。言葉の奥にある感情を想像しながら、相手の気持ちを本当に受け取るとはどういうことかを、自分自身で体感していく訓練なのです。
Sottoでは、毎年秋に ボランティア相談員の養成講座を開催しています。全 10 回の講座に加えて、実地研修、2 回の面談を経て、相談員として活動をはじめます。
短期間で集中して学ぶスケジュールのため、すべての回に参加できない方もいます。その場合は、2 年、3 年かけてゆっくり取り組むことができます。
とはいえ、「電話相談に関わる」こと自体が、そもそも多くの人にとって簡単に踏み出せる道ではありません。
電話を通して誰かの声を聴く活動は、全国的に見ても少しずつ担い手が減っているのが現実です。特に若い世代にとって、電話というツールはすでに“身近な手段”ではなくなってきました。
さらに、物価高や不安定な雇用、生活のゆとりのなさも相まって、無償で誰かの「死にたい気持ち」に向き合うということ自体が、今の社会ではとても難しい営みになってきているのかもしれません。

それでも、「声でつながることを必要としている人」は、今、この瞬間にも確かに存在しています。
たれさんが養成講座に参加したのは、2015 年だそうです。申し込んだきっかけは意外なほどシンプルなものでした。
「人の話をちゃんと聞くということを学んだことがなかったから、知っておいて損はないと思ったんです。あと、活動場所が大学院の近くだったというのも、大きかったです。」
本記事とは別の機会に取材された “かしこまった記事” には、こんな言葉も残されています。
私たちがこの世界を生きていくうえで、行政の支援やサポートだけで十分だとは思っていません。自分以外の誰かのために、できる人が、できるときに、自分の時間や力を少しずつ使っていく。そういう営みが循環して、社会は形づくられているように感じます。
私自身、たくさんの人に支えてもらっている実感があるからこそ、今は、自由に使える身体や時間があるこの自分を、誰かのために差し出したい、そんな感覚でしょうか。
たれさんはかつて、乳がんの疑いで生体検査を受けたことがありました。結果を待つ 2 週間、「もしこのまま命を終えるとしたら」と考える時間が、自分自身の深い感情に触れるきっかけになったといいます。
特につらかったのは、両親を悲しませるかもしれないという思いでした。「子どもが親より先に死ぬのは親不孝」という社会的な価値観が、自分を強く縛っていたことに気づかされたそうです。
さらに、病気のことを人に伝えることへの戸惑いもありました。「相手を困らせるかも」「関係が変わってしまうかも」。そんな不安が先立ち、誰にも話せなくなっていく体験を通して、たれさんは自分のこれまでの友人や家族との関わり方にも思い至ります。
落ち込んだ友人に「元気になって」と声をかけていたけれど、それは友人に変化を促そうとしていたのかもしれない。変化を求められ続けることのしんどさ。それは、自分のままでいてはいけないという苦しさに繋がります。
「今は、“弱くて不完全なお互い様” の私たちが、 どうしようもない痛みを抱えながら、 ただ、波長を合わせていっしょに歩いていくような関係でいれたら」と感じるようになったと、たれさんは語ります。

最後に、たれさんにとって「Sotto」とはどんな場所なのか、尋ねてみました。

たれさん
世界にこんな場所がある、このこと自体が、私にとって “生きていく力” になっています。Sotto は、自死を肯定するのか否定するのかといった二項対立の土俵に乗らないところも、私はとてもいいなと思っています。
『大変じゃない?』『つらくない?』と聞かれることもあります。
でも、息もできないような苦しさのなかで、勇気を出して電話をかけてきてくれた人が、ほんの少しでも呼吸ができる時間を過ごせたなら。関わる意味があると思うんです。声だけでつながる “たった二人” の時間が、顔も名前も知らないのに、とても親密で深いものに感じられることもあります。
たとえ社会の常識とは違っても、自分の気持ちを丁寧に扱ってもらえる。
そんな場所が “ある” ということが、私にはとても大切なんです。
「死にたい」と思ったとき、誰かに話して、何が変わるのか。
相談の現場は、普段はあまり語られることのない、静かな場所です。
けれど、そこには確かに、人と人とがつながる瞬間がありました。
名前も顔も知らない者同士が、電話を通して「交じり合う」時間。
苦しみのただなかで差し出されることばに、そっと呼吸を取り戻す人たち。
金曜と土曜の夜、電話の向こうで紡がれている、“誰かと、誰かの物語”。
その一端にふれた今、私たちが生きるこの社会に対して、私自身、どんなふうに関わっていけるかを、改めて考えています。
<編集後記>
◆Sotto の電話相談 075-365-1616
ひとりで悩まずお電話ください
毎週金・土 19:00~25:00
◆Sotto のメール相談
ご相談の流れと注意事項をご確認の上、下記URLからお申し込みください。
https://www.kyoto-jsc.jp/mail/
※ メール相談の返信には、土日・祝日を含まない最大3日間のお時間をいただきます。
他にも Sotto では、「おでんの会」や 「Sotto の縁側」「ごろごろシネマ」などの居場所事業をしています。
◆ボランティア養成講座は 現在参加者募集中です(9/30 申込締切)
まずは少しだけ雰囲気を知りたい方は、8/4 に開催される事前説明会にご参加ください。。
事務局&相談員
| 団体名 | 認定 NPO 法人 京都自死・自殺相談センター |
|---|---|
| 所在地 | 〒600-8349 京都市下京区西中筋通花屋町下ル堺町92 |
| 電話 | 075-365-1600 |
| メール | so-dan@kyoto-jsc.jp |
| Web サイト | https://www.kyoto-jsc.jp/ |
| https://x.com/SottoKyoto | |
| https://www.facebook.com/kyotosotto/ | |
| Youtube | https://www.youtube.com/c/sottokyoto |
| 団体名 | 京都市市民活動総合センター |
|---|---|
| 名前 |
土坂のり子 副センター長 |