出会い、つながり、始まる~向島ユースセンターの軌跡~

掲載日:2021 年 12月 24日  


 多くの若者は、家庭と学校あるいは職場との往復だけで日々を過ごしています。しかし、そのどちらでもない第 3 の場所は、特に思春期から青年期においてとても大切です。悩みながら成長していく時期に、多様な人と関わることで、他者を理解したり、自分とは何かを考えたり、自分はどうありたいのかを思い描くことができるようになるのではないでしょうか。

 京都市では青少年 *注 1 の福祉の増進、健全な育成及び自主的な活動の促進を目的に、市内7か所*注 2に「青少年活動センター」が設置されています。しかし向島地域には設置されておらず、若者のためのサービスが不足していました。
 今回は、「向島ユースセンター実行委員会」の長澤淳士さんと大下宗幸さんにスポットライトをあて、向島地域で、若者と一緒につくる居場所「向島ユースセンター」ができるまでの「歩み」をご紹介します。

*注 1 青少年とは一般的に12 才~25 才ぐらいを指す言葉ですが、京都市では青少年施策の基本計画および行動計画である「京都市ユースアクションプラン」において、計画の主たる対象を「概ね13 才~30 才の男女」としています。本記事では、「青少年」、「若者」および「ユース」を同定義として執筆しています。

*注 2 中央(中京区)、北、東山、山科、下京、南、伏見の 7 か所

このページのコンテンツは、向島ユースセンター実行委員会 長澤淳士さん、大下宗幸さんにスポットライトをあてその活動を紹介する記事です。

「今日、よってく?」~向島ユースセンターの日常~

 “センター” と聞くと、建物や施設そのものを想像しがちですが、向島ユースセンターは週に 1 回、地域の中学校跡地を間借りして実施されている「若者の居場所」です。

 京都市伏見区の元向島中学校跡地に、地域住民によって地域の居場所「むかちゅうセンター」が開設されています。向島ユースセンターは、その「むかちゅうセンター」の一部を利用して、毎週金曜日の 17 時~20 時の時間帯で実施されている取組です。
 中学校跡地を活用しているので、体育館や運動場でバスケットボールやサッカー、卓球などのスポーツをして思いっきり体を動かすこともできますし、ロビーの一角に設置された机で勉強したり、みんなでボードゲームをしたりすることもできます。

 センターの特徴は、中学生から 30 才までの若者であればだれでも無料で利用可能ということ。しかも予約はいらず、利用の目的は不問です。「時間をつぶしたい」、「自習したい」、「遊びたい」、「誰かと話したい・相談したい」、「何かしたい」・・・。例えば友達同士で「今日、よってく?」という会話が出た後に、フラッと立ち寄ることができるのです。

 向島ユースセンターは、京都市の施設ではなく、あくまで地域住民による主体的な活動であり、地域活性化等の補助金を活用して運営されています。そのため専従の職員はいませんが、「ユースワーカー」と呼ばれるスタッフや、地域で青少年育成に関わってきた住民が、ボランティアとして関わっています。

 

 「ユースワーカー」とは、若若者の成長を手助けする専門スタッフのことです。(※後段で詳しく説明します。)
 「向島ユースセンター実行委員会実行委員長」として、そして「ユースワーカー」として、日々若者の成長を手助けされている長澤敦士さん自身も、20 代の若者です。また、長澤さんとともにセンターの立上げを担った大下宗幸さんは、青少年活動センターでユースワーカーとして働く職員でありながら、向島ユースセンターにはひとりのボランティアとして関わってきました。

向島ユースセンターの様子

「向島のまちづくり」という大きな流れの中で

 向島は伏見区中心街とは宇治川を挟んで対岸に位置し、南部には高層マンションが立ち並ぶ向島ニュータウンが立地しています。昭和 52 年に暮らしが始まった向島ニュータウンは今、人口減少と少子高齢化が急速に進んでいます。そこで様々な課題に対応していくため、地域住民と京都市が協働する形で、2017 年末に「向島ニュータウンまちづくりビジョン」が策定されました。
 このビジョンに基づいて、「向島まちづくりビジョン推進会議」がつくられ、地域住民や地域の関係者が、それぞれのテーマごとのグループにわかれて、ビジョンの実現に向けた具体的な取組を始めています。

 このテーマグループのひとつが「子ども・若者の支援ワーキンググループ」(前組織=「向島ニュータウン子ども・若者のための居場所づくり事業実行委員会」)です。
 民生児童委員や児童館の職員、子育て支援・学習支援・子どもの居場所づくり・スポーツ指導などの各種団体で活動している人、そして向島地域の子ども・若者の問題に関心のある地域住民など、同じ向島という地域に関わりながら、それまでほとんど出会うことがなかった人や団体が集い、情報交換を行っています。

 ワーキンググループメンバーのおひとりである第 3 街区 G 棟自治会参与の長谷川光弘さんは、「向島ユースセンター」の 2014 年から 2020 年までの軌跡をまとめた報告書のなかで、「向島ユースセンターに期待すること」と題して次のように寄稿しています。

 私がマンション管理組合の役員をしていた時の話ですが、共用のバイク置き場に毎晩のように屯する数人の若者グループがいました。彼らが深夜まで大声で話しながら、バイクを分解したり修理したりした翌朝、その場所には廃油の汚れや空のペットボトル、タバコの吸い殻等が散乱し、当然、苦情が管理組合に寄せられました。ここは私有地だからと言って彼らを追い払い、彼らも素直に去ってはくれましたが、場所を移して同じことを続けたことは想像に難くありません。

 この場合、住民の快適な生活と財産を守ることが使命の管理組合の対応が間違いだったとは思いませんが、今思えば、彼らの将来や成長を考える時、もっと気の利いた対応は出来なかったかと忸怩たる思いです。

向島まちづくりビジョンに関わる中で初めて、多くの悩める子どもや若者の存在を知り、彼らに寄り添い手を差し伸べる「ユースセンター」の存在を知ることが出来ました。貧困、複雑な家庭状況、いじめ、不登校、地域コミュニティーの崩壊や分断など子どもや若者が社会の中で居づらい環境が多種多様にあることも理解できました。

 しかし、残念ながら理解はできても多くの人はなす術を知りません。親は親の立場、学校は学校の立場、地域コミュニティーは地域全体の立場でしか子どもたちに接することができません。

 最も居場所を求めている一人一人の悩める若者と同じ立場で若者に接することが出来るプロフェッショナルこそが「ユースセンター」「ユースワーカー」です。若者が求めているものをただ与えるだけでなく、若者自身が考え行動し、自発的に何かを追い求め、徐々に社会に交じっていける、そんな若者に導くことが出来るのが、あなた達、「ユースワーカー」です。子どもや若者のみたいに高い見識と優しい希望を持ち、専門的な教育や OJT、自己研鑽によって培われた卓越したプロにしかできない難しいながらも奇特な仕事だとリスペクトしています。

 私たち地域コミュニティーも一般的な社会人も子どもや若者になかなかうまく接することが出来ませんが、「ユースセンター」の思いと活動に共感し、その活動を応援することは出来ます。残念ながら、多くの人はまだ「向島ユースセンター」の活動や成果を知りません。もっと、あなた方の活動や困りごと、苦労を広く伝えてください。そして周りの力、地域の力を取組み協働されることを期待しています。

「向島ユースセンター報告書 2014-2020」からの引用

 このように「向島ユースセンター」は、向島地域の総合的なまちづくりを地域住民と行政が共に担っていく大きな流れの中で、様々な立場の大人や学生が出会い、つながり、そして実験的に取組がスタートしていったのです。

年に 1 度の地域のおまつりに「若者」が参画する仕組みづくりにも取り組んでいます。

京都市ならではの「ユースサービス」の礎

 京都市には、「青少年活動センター」が 7 か所設置されています。京都市によって設置されている施設で、中学生~30歳までの若者を対象に、若者の本来持っている力を伸ばす「ユースサービス」の理念に基づいて公益財団法人京都市ユースサービス協会が指定管理運営をしています。

 「ユースサービス」の特徴は「ユースワーカー」と呼ばれる専門スタッフが、若者の成長をそっと手助けすることにあります。象徴的な「ロビーワーク」と呼ばれる手法では、若者とのフランクなコミュニケーションや雑談を通して信頼関係を築き、若者の悩みを聴いたり、言語化できない感情を言語化する手助けをしたり、ある時は気づきを促し、必要な場合は適切な支援につなぐこともあります。

 京都では各青少年活動センターに「ユースワーカー」の資格をもつ専門職員がいます。さらに 2006 年から大学院での養成プログラムも始まった他、ボランティアや関連する仕事の中でユースワークを担う人材を育てる、独自のユースワーカー資格取得のプログラムも実施されています。

 各区にひとつ・・・というわけにはいきませんが、それでも、市内 7 か所に、青少年の成長をサポートするセンターがあり、専門性を持った資格者が施設だけでなく、地域にも存在することは、「京都ならでは」の特徴です。

 元々京都では、戦後すぐに「BBS 活動*注 3」と言われる青年ボランティア運動が起こったり、少年団など地域で青少年の健全育成活動が活発に行われていました。「学生のまち」ということもあり、地域の大人はもちろんのこと、学生も主体的に青少年育成に関わる文化的土壌があったと言えます。
*注 3 BBS 活動とは「Big Brothers and Sisters」 の頭文字をとった略称。「友愛とボランティア精神を基礎とし、少年と同じ目の高さで共に考え学びあうこと」を理念として、非行少年や生きづらさを抱える少年たちのいない、犯罪や非行のない明るい社会の実現を目指す青年ボランティア運動です。(「日本 BBS 連盟」ホームページ掲載資料より抜粋)

 向島ニュータウンのまちづくりビジョン検討会が始まる 2016 年より前に、向島地域では中学生への学習支援が行われており、当時大学生だった長澤さんもボランティアスタッフとして活動していました。また、大下さんは、地域で若者支援に関わる人ととともに、向島の若者に関するニーズ調査にボランティアとして参加していました。

 

 向島ユースセンターは、京都で積み重ねてきた「青少年支援=ユースサービス」の礎の上に、人口減少と少子高齢化が急速に進む向島地域の課題を本気で解決したいと動く住民たちの思いが重なり、生まれた取組だといえます。

ロビーワークの様子

常に未完成であることの意義

 向島ユースセンターの軌跡をまとめた報告書には、「はじめに」というタイトルで大下さんが次のような文章を記載しています。

 昨年(2020 年)より、ありがたいことに外部から評価されることも多く、そうした場面で向島ユースセンターの目標が多く聞かれます。あるインタビューに彼(実行委員長である長澤さん)は「向島ユースセンターでの目標は、来館する若者それぞれが持っている。」と即答したことを印象深く覚えています。
 向島ユースセンターは常に未完成であり、今、そこにいる若者というピースがはまり、完成されていくジグソーパズルのようなもの、それが端的に現れている言葉だと思います。同時に、居場所やユースワークの目標感など、耳ざわりの良い文句を瞬発的に用意した私にとっては、それは純粋で本質的な言葉にも聞こえたものです。 

※ 原文ママ、() 内は執筆者土坂のり子による補足

 向島ユースセンターは、今、「はじまりのおわり」を経て、「ひろがりのはじまり」を迎えています。これから、どんな若者がきて、どんなピースがはまり、どんな未来ができていくのでしょうか。このピースがはまったことによって、2022 年度から、「若者食堂(WA!!ComeOn!)」の 2 拠点目が始動するそうです。

 常に揺れ動き、自分で自分をコントロールすることができない思春期の若者も、自分探しを続けている学生も、誰かと繋がり、誰かから認められ、安心して自分と向き合うことができる。そして、若者と向き合う青年も、青年を過ぎてしまった元青年たちも、お互いに刺激し合い、成長をし続ける。
 そんな向島ユースセンターの「新たな日常」が、始まっています。

向島ユースセンター実行委員会は、京都市市民活動総合センターが主催する 「市縁堂 2021 」の参加団体です。特設サイトで詳しい活動紹介の動画を見ることができます。
また、2022 年 1 月 31 日まで、 クラウドファンディングサイト(京都地域創造基金)よりこの取組みへのご寄付が可能です。

* (公財)京都地域創造基金を通した「市縁堂 2021」参加団体への寄付金は税制上の優遇措置の対象となります。
*クラウドファンディングサイトにて集まった寄付は参加団体で均等割りにて配分致しますが、団体を指定してのご寄付も可能です。(団体を指定されたい場合は、寄付申込時にその旨を京都地域創造基金にお伝えください。Web の場合は備考欄に「団体名」を入力してください。振り込みの場合は通信欄をご利用ください。)
*寄付の方法や税制優遇の詳細については、市縁堂特設サイトもしくは京都地域創造基金 HP でご確認ください。


今回スポットライトをあてた団体・個人

向島ユースセンター実行委員会 長澤淳士さん、大下宗幸 (ながさわあつしさん、おおしたむねゆき) さん

写真左:大下宗幸さん、右:長澤敦士さん(向島ユースセンター実行委員会・実行委員長)

※ 個人の肩書や所属する団体は、執筆時点 (2021年12月) の情報です。

団体名 向島ユースセンター実行委員会
団体について

向島地域において「若者(中学生~30歳)」の「居場所」(誰もが安心して安全に居ることのできる場所という意味。通称:ユースセンター)を「若者」と一緒に運営しています。また、当該地域の地域活動にも参画しています。


この記事の執筆者

名前 土坂のり子

京都市市民活動総合センター チーフ事業コーディネーター



上へ